証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報湖南省 衡陽市
資料にある地域情報衡陽
慰安所があった時期1945年3月
記載内容芷江作戦に参加するため寶慶に向かって転進の途中、昭和20年(1945)3月20日から22日まで3日間、衡陽に滞在した。・・・当時まだ童貞であった第2中隊長の平田浩氏を誘って衡陽の慰安所に行った。・・・平田中隊長はまだ童貞だったので、このまま死なせてはかわいそうだと押しつけがましい同情をして連れ出した。慰安所に行っても平田中隊長は、にこにこして女性たちと会話を楽しんだだけで童貞のまま帰り、そして童貞のまま復員したのかもしれない。終戦直前の集結地牛額嶺(寶慶北東約20キロ、黒田舗西方約8キロ)でも同じような場面(後述)があり、彼は彼女たちとの会話を楽しんでいただけだったように見える。私たちが飛び込んだ慰安所の彼女たちは、監利付近でわが聯隊の将兵にサービスしたことのある半島の女性たちであった。私は顔見知りの女性ができるほど監利では遊んでいなかったが、独山二の将校であるというだけで、数名の女性に囲まれて、飲んだり、食べたり、話したりの数時間を過ごした。
証言者平原一男
証言者属性日本軍兵士
部隊名独立山砲兵第2連隊
資料タイトル山砲の芷江作戦
著者、公文書発信者など平原一男
公文書宛先
発行日1991.3.1
発行所私家版(東京都新宿区)
ページ52-53
出典備考
備考 長沙の南に衡陽がある。テキサス大学図書館公開の中国地図・HENG-YANG(シリーズL500、1954~)に「衝陽」がある。地図の左上「5-7」にある。現在の地図で同所は「衡陽市」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・HENG-YANGは次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-ng49-8.jpg
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