証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報広東省 広州市 増城区 官塘村
資料にある地域情報広東省 官塘墟
慰安所があった時期1942年
記載内容私達が駐屯していた官塘墟は当時、班の教育日誌に官塘郷と記入したりしていたが、当時の軍用地図では、官塘とあるところから官塘墟か官塘郷であったと思われる。字義からすれば国で造った堤防の跡の部落とでも言うことに成るのだろうか。・・・歩兵砲中隊の宿舎の東方2百米、部落の中央付近に慰安所が開設されており、5,6名の朝鮮ピー(当時の慰安婦)が居たようである。我々初年兵は、無縁な存在である。何しろ空腹と猛訓練に追い立てられている、我々には、全く性欲には無関心であったと言っていい。偶々或る日飯塚班長の引率で砲の卸下行進中のことである、慰安所前で、しどけない長襦袢姿でお喋りをしていた1人の慰安婦が、班長を指さして、何か相手の女に言ったかと思うと、班長に言ったものだ、「班長マタコイヨー」途端に班長は顔面真赤。「バカモン」と言って、通り過ぎると上等兵「ニヤニヤ」。初年兵腹の中で「クックッ」だった、後で上等兵のヒソヒソ話しに依ると、堅物だった班長は2,3日前に始めて慰安所に遊びに行ったのだそうだ。
証言者証言者不明
証言者属性日本軍兵士
部隊名歩兵砲中隊
資料タイトル茘枝の実
著者、公文書発信者など増城戦友会
公文書宛先
発行日1987.5.24
発行所増城戦友会
ページ18、21
出典備考「茘枝」は果物のライチーである。韶州50万分の1の地図に、広東の北東方向、従化の南東に「官塘」がある。韶州と香港50万分の1の地図の境界領域である。証言でも軍用地図には「官塘」とある旨を述べている。官塘は各地にあるが、21p「官塘墟の西北方、大東附近へ出撃」など本文に出てくる周囲の地名を新旧地図で比較すると、広東省のこの場所が証言の「官塘」だとわかる。ちなみに、官塘の北西直ぐの所に「大塘」がある。現在の地図の同所には「官塘村」がある。
備考 テキサス大学図書館公開の中国地図・KUANG-CHOU(シリーズL500、1954~)の広州の北東に「Kuan-t'ang」がある。太平場(Tai-p'ing-ch'ang)と増城の間、地図の「6-8」にある。現在の地図で同所は「広州市増城区官塘村」である。テキサス大学図書館公開の中国地図・KUANG-CHOUは次を参照のこと。
http://legacy.lib.utexas.edu/maps/ams/china/txu-oclc-10552568-nf49-4.jpg
テキストのコピーはできません。