出典種別 | 兵士の回想録等 |
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現在の地域情報 | アチェ州 西アチェ県 ムラボー |
資料にある地域情報 | ムラボー |
慰安所があった時期 | 未記載 |
記載内容 | ムラボーの町は、予想したよりずっと貧弱だった。海岸沿いの低湿地に腐ったような家が並んでいた。住民の中には腰に木の皮を巻いただけの者もいた。そこに、日本人のお婆さんがいると聞き、行ってみると長崎県出身のからゆきさんで、軍の慰安所を経営していた人だった。年は70を越して、よぼよぼで、言葉もたどたどしかった。彼女は非常に喜んだ。その話では、ここにまだ日本軍が残っているという。そこへ行ってみようといっているうちに、向こうからやってきた。現地人が知らせたらしい。それは近衛師団の根岸捜索連隊の1個中隊で、隊長は石井大尉という士官学校出の若い人だった。そこに安達大尉からの言伝てが届いていた。近いうちに自分が行くから待っていてくれ、とあった。 |
証言者 | 本田忠尚 |
証言者属性 | 日本軍兵士 |
部隊名 | |
資料タイトル | 茨木機関潜行記 |
著者、公文書発信者など | 本田忠尚 |
公文書宛先 | |
発行日 | 1988.02.20 |
発行所 | 図書出版社 |
ページ | 117-118 |
出典備考 | 注:本証言は「第4章 捕まった「反乱軍」」に収録。要するに敗戦後のこと。ムラボーの慰安所は長崎出身のからゆきさんが経営していたようだ。駐屯していたのは近衛師団の根岸捜索連隊の一部で、もちろんこの部隊だけではなかっただろうが、敗戦後も日本軍が残っていたという。 |
備考 |