記載内容 | 小学校に通いはじめて3年目、15歳の時のことである。夕方5時頃に家の前で、学校で教わった日本式の体操をしていると、突然、両腕をつかまれた。「体操すると、気持ちよいだろう、おもしろいだろ」エミィさんの腕をつかんだのはふたりの日本兵だった。・・・その頃、父は病気で寝ていた。父に向かって日本兵は、「娘を連れていくぞ」といった。・・・母は、助けを求めて泣いた。近所の人たちが驚いて様子を見にきていた。その人垣をぬって、引きずられながら、家からさほど遠くないシンパン通りのオランダ時代からある立派な屋敷に連れていかれた。そして、小さな部屋に入れられ、外から鍵がかけられた。そこにはすでに、何人かの同じ年くらいの小女たちが入れられていた。・・・「逆らわない方がいいわよ。逆らうと殺されるわよ」「明日、身体検査があるから、その時は部屋から出られると思うけど……」口々に教えてくれた。・・・「私は帰りたいんです。家に帰してください」訴えはききいれられるはずもなく、性病検査に合格したエミィさんは、その日から軍人の相手をすることになったのである。・・・シンパン通りとカリダム通りの慰安所に入れられていた期間は、エミィさんが約2年、エマさんが2年半、スハナさんが1年半、オモさんが8か月であったという。 |