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資料の詳細

出典種別 公文書・軍関係資料等
現在の地域情報中部ジャワ州 スマラン
資料にある地域情報ジャワ島 スマラン
慰安所があった時期1944年
記載内容問 「スマラン」慰安所事件に関し知るところを述べよ。
「余の「スマラン」着任直後「バタビヤ」の本所より慰安婦を慰安所より出し、之を「ボゴール」の「コタパリス」へ輸送せよとの命を受けたり。余は当時中尉上官は吉田少佐なりき。
問 本命令は如何に実施せられたるや?
「婦女を慰安所より出す前に余は幹候隊地田大佐に連絡をとりたり。之は当時「スマラン」の日本人間には慰安所は幹候隊附属の一機関の監督下にあることは周知の事実にして、又池田は「スマラン」地区兵站の長なりしを以て、余は池田と面会せり。余は池田に対し本命令を伝へ、慰安婦の原所属「キャンプ」を訊ねる為慰安所への立入許可を求め之を得たり。正確なる日付は忘れたるも、之は44年4月頃のことにして、慰安所は既に閉鎖されありたり。此の席上池田は彼に依り本慰安所が設立されこの慰安所にて売淫が強制せられたることに対し深く遺憾の意を表しあり。且つ責任を感じあるものの如き様子なりき。それより余は慰安所に行き婦女に対し「キャンプ」に帰るを欲するや、現状に残るを欲るやと問ひたるに、約50名の中、一部は「帰りたし」一部は「帰りたくなし」と答へたり。然し残留は許されざるを以て、約1週後、余が指揮して「バイテンゾルフ」地区「コタパリス」に輸送せり。
証言者長谷川直造
証言者属性日本陸軍大尉、スマラン抑留所第3分所勤務
部隊名
資料タイトルBC級裁判(オランダ)/バタビア裁判 106号事件/本人尋問 日本陸軍大尉(スマラン抑留所第3分所勤務)
著者、公文書発信者など
公文書宛先
発行日1946.10.9
発行所
ページ
出典備考国立公文書館蔵/wam公文書サイト:J_J_101/106-319~320 10541/R/参考資料:強制動員真相究明ネットワーク刊『BC級バタビア裁判・スマラン事件資料』2014年8月20日
備考 証言1と証言2があるが前者記載。
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