出典種別 | 公文書・軍関係資料等
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現在の地域情報 | 中部ジャワ州 マゲラン |
資料にある地域情報 | ジャワ島 マゲラン |
慰安所があった時期 | |
記載内容 | 私等ガ爪哇人警視ニ案内サレテ収容所ヘ帰ッテ鞄ニ所持品ヲ充メタ後ニ其警視ハ私等ヲ日本軍俘虜収容所事務所へ連レテ行キマシタ。此処で私等ハ3人ノ日本人ニ引渡サレテ3台ノ私有自動車デ「マゲラン」ヘ輸送サレ午後4時ニ到着シマシタ。我々ハ「テウグラン」ト称セラレ14ノ家屋カラ成ッテヰタ小サイ収容所ヘ連レテ行カレマシタ。1944年/昭和19年/1月25日、私達ノ収容所カラ連行サレタ婦人ヤ少女等ノ一団ト此処デ会ヒマシタ。1944年/昭和19年/2月3日、私達ハ再ビ日本人医師ニ依ッテ健康診断ヲ受ケマシタ。此囘ハ少女等モ含ンデ居マシタ。其処デ私達ハ日本人向キ娼楼ニ向ケラレルモノデアルト聞カサレマシタ。其日ノ晩ニ娼楼ガ開カレル筈デシタ。・・・是等兵士ノ幾ラカガ這入ッテ其ノ中ノ1人ハ私ヲ引張ッテ私ノ室ヘ連レテ行キマシタ。私ハ一憲兵将校ガ入ッテ来ルマデ反抗シマシタ。其憲兵ハ私達ハ日本人ヲ接待シナケレバナラナイ。何故カト云ヘバ若シ吾々ガ□ンデ応ジナイナラバ、居所ガ判ッテヰル吾々ノ夫ガ責任ヲ問ハレルト私ニ語リマシタ。コノ様ニ語ッタ後、憲兵ハ其兵士ト私トタケ残シテ立去リマシタ其時デスラモ私ハ尚ホ抵抗シマシタ。然シ事実上私ハヤラレテシマイマシタ。彼ハ衣服ヲ私ノ身体カラ裂キ取リマシタ。ソシテ私ノ両腕ヲ後ニ捻リマシタ。ソコデ私ハ無力トナリ、ソノ後デ彼ハ私ニ性交ヲ迫リマシタ。・・・此ノ状態ガ3週間継続シマシタ。労働日ニハ娼楼ハ日本将校ノタメニ日曜日午後ハ日本下士官達ノタメニ開カレ日曜日ノ午前ハ兵卒等ノタメニ保留サレマシタ。・・・ |
証言者 | イエ・ベールマン |
証言者属性 | オランダ人被害者 |
部隊名 | |
資料タイトル | 東京裁判 訊問調書(ビールマン(夫人)宣誓供述書モエンチラン(中央ジャワ)における婦人少女に対する暴行、強制売淫)Ex.1725 |
著者、公文書発信者など | |
公文書宛先 | |
発行日 | 1946.5.16 |
発行所 | |
ページ | |
出典備考 | 吉見義明監修『東京裁判―性暴力関係資料』現代史料出版、2011.2.25、218-221ページ/wam公文書サイト:MT_tt_004 |
備考 |
「資料紹介:東京裁判で裁かれた日本軍「慰安婦」制度」『季刊 戦争責任研究第56号』(2007年夏季号)16ページ参照。梶村太一郎、村岡崇光、糟谷廣一郎『「慰安婦」強制連行-〔史料〕オランダ軍法会議資料×〔ルポ〕私は”日本鬼子”の子-』金曜日、2008.6.6、98-102ページにオランダ語からの翻訳あり。
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