| 出典種別 | 兵士の回想録等 |
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| 現在の地域情報 | 東ジャワ州 スラバヤ |
| 資料にある地域情報 | スラバヤ |
| 慰安所があった時期 | 未記載 |
| 記載内容 | スラバヤに残っていた日本人はキャンプと呼ばれる日本人収容所に入ることになった。・・・外での作業を賄いの手伝いなど軽いものに替えてもらったが、良くならず、ついに海軍の病院に入院した。病棟では終戦と同時に慰安婦が看護婦となって病院勤めをしていた。いわゆるポツダム看護婦である。人手が足りないとはいえ、戦争が終わったというのに解放もせず、何の知識も無いものを看護婦として再び働かせるとは……とあきれてしまった。 |
| 証言者 | 山本直紀 |
| 証言者属性 | |
| 部隊名 | |
| 資料タイトル | 回想 |
| 著者、公文書発信者など | 山本直紀 |
| 公文書宛先 | |
| 発行日 | 2005.11.5 |
| 発行所 | 丸善出版サービスセンター |
| ページ | 61 |
| 出典備考 | 注:敗戦後の日本人収容所の様子である。慰安婦がどこから来たのかは書かれていない。 |
| 備考 |
スラバヤはジャワ島東部の、マドゥラ島に接する位置にある。 ※日本軍慰安所マップの地点としては反映させていない。
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