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資料の詳細

出典種別 公文書・軍関係資料等
現在の地域情報東カリマンタン州 バリクパパン
資料にある地域情報バリックパパン、クランダサン
慰安所があった時期
記載内容a 石橋が先に申上げた様な事情で陸軍部隊の命令により慰安所が必要であるに拘らず、他に世話する者が居なかったので致方なく慰安婦達の世話をする位の考え引受けたのが遂に後に慰安所を経営するに至ったものである。
b(e)従って石橋の方針は、単に売淫せんとする婦人に家屋その他の設備を提供する位の考えしかなく、勿論利益を得やうなどと云ふ事は全然無かったのである。故に、
1.(a)慰安婦に対して売淫を強制する様なことはせず、客の選択は慰安婦の自由意志に任せていた。その為石橋の経営していた慰安所の女は客を選択して自分の□な客は取らないと言って外から批難されていた程である。然し石橋は口頭で女に注意はしたが、嫌な客を取ることを強制したくなかった。
2.(b)慰安所の設備もパラパタン当時はB.P.Mの宿舎を其儘使用して居たので周囲に塀は何もなかったが、1942年10月頃当地の慰安所委員会から「クランダサン」に移転を命ぜられ同地に移転して後、その敷地の一方が交通頻繁な道路に面していた為め道路から内部が容易に見えるので、風紀維持上、道路から内部が見えない様に塀を作れと命ぜられた故道路に面した部分に塀を作ったが他の三方は塀がなかったので自由に出入り出来た。勿論女を一室に閉込めて置く様なことはなかった。
3.(c)慰安婦の外出は陸軍部隊当時は自由であったが、海軍部隊となってから、慰安所委員会が設けられ、該委員会から風紀の維持、性病の伝染を防止する見地から、当地に在った全慰安所に対し、毎月8日と20日の2日を公休日と定め、公休日以外の外出は禁止された。之は石橋の意思では何らすることの出来ない事柄である。然し石橋は個人達の立場を考慮してその禁止を忠実に実施はしなかった。
証言者
証言者属性
部隊名
資料タイトルBC級裁判(オランダ)/バリクパパン裁判 第9号事件/石橋仲三郎に対する弁護側の弁論要旨
著者、公文書発信者など
公文書宛先
発行日不明
発行所
ページ
出典備考国立公文書館蔵/wam公文書サイト:J_J_030/
備考 バリクパパンは東カリマンタンの海岸沿いにある。
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