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資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報南スラウェシ州 北トラジャ県
資料にある地域情報ランテパオとパロポの間の「山ビル陣地」
慰安所があった時期
記載内容私と寺内少尉はパレパレ北方2百キロの山獄盆地、マカレに駐留する大神中佐の指示を受けた。寺内はマカレの大神部隊に所属して、現地青少年およびジャワから徴募した兵補の教育にあたることになった。私は、マカレから北方20キロのランテパオにいたり、大竹少佐の指揮下に入れ、という。・・・大竹大隊は、司令部直属の戦闘部隊で、ランテパオの守備隊が任務であった。大隊は、本部および2個中隊の編成である。赴任と同時に、私は第1中隊(中隊長阿部中尉、福島県郡山出身)の第2小隊長に任ぜられた。・・・私は雷部隊長大竹少佐の獅子吼の下、毅然と穴掘り作業に出ていった。ジャングル内の宿舎バラックから、朝、小隊を引率して、標高千メートルの峠に登り、トラック道路に沿ってえんえんとのびる岩穴をくりぬいてゆく作業の指揮をとった。・・・
大竹大隊長が意外に話せる人情家であったことは、この事件でも証明された。3人の兵士を営倉に入れるようなことはしなかった。手おくれにならぬよう急遽入院させたばかりでなく、正規の慰安所を工事現場付近に開設したのである。慰安婦希望のトラヂヤ娘を募集し、軍医の厳重な検診の結果、合格した健康美グラマー8名に、清潔なブラウスとサロンを支給し、個室のあるバラック慰安所を建設した。兵士たちには、休養日交替の外出をさせる、という温情を示したのであった。2百名の兵隊に8名の慰安婦ではどうにもならないが、妖怪ジャングルと山ビル陣地に閉口していた働きざかりの男たちに、花のにおいと色彩を点綴したかのような情緒とうるおいをあたえたのは、大隊長の見識といえるものであろう。
証言者奥村明
証言者属性日本軍兵士・小隊長
部隊名ランテパオの守備隊、第1中隊第2小隊
資料タイトルセベレス戦記
著者、公文書発信者など奥村明
公文書宛先
発行日1974.4.25
発行所図書出版社
ページ127、129、130、136、181
出典備考
備考 181頁の地図「山ビルの陣地付近図」に「(慰安所)標高700米」とある。ランテパオからパロポに至る標高700メートルのトラック道の東にあたる。また口絵のセレベス島の地図にランテパオとパロポの間に「山の陣地」と記載されている。証言によると、大竹大隊の任務はランテパオとパロポを結ぶ道路の建設で、標高1000mの峠に岩穴をくりぬく作業で、おおきな山ビルの攻撃を受けたので「山ビル陣地」と称した。「山ビル陣地」は行政区画上はRantebua付近と思われるが、ここでは直近上位の行政区画の「北トラジャ県」をとった。現在の地図ではランテパオRantePaoからパロポpalopoに至る山岳地帯に道路が設置されており、北ルートと南ルートがある。181頁の地図に道路の東が千尋の谷であったと記載されているため南ルートかもしれない。
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