| 出典種別 | 兵士の回想録等 |
|---|---|
| 現在の地域情報 | マンダレー管区 マンダレー県 マンダレー郡区 |
| 資料にある地域情報 | マンダレー |
| 慰安所があった時期 | 1945年 |
| 記載内容 | しかし、マンダレーの街を見回し、2人はわが目を疑った。街には“赤い灯”、“青い灯”がきらめき、料亭ふう、慰安所ふうのなまめかしい感じの家が軒を連ねているのだ。一瞬、中尉は、ボロボロの軍衣をまとい、底の抜けた軍靴を履いた将校と兵隊が、どうして、こんなそぐわない場所に立っているのだろうか? これは、現実ではなく、夢の中の光景なのか。それとも、間違ってタイム・トンネルを潜り、どこか戦前の色里(もちろん日本の……)にでも迷い込んだのだろうかと、しばし呆然と立ち尽くしていた。そのとき、後方の乱れた状態を見るに見かねた西坂上等兵が、突然、中尉に声をかけた。「隊長殿、驚きましたね。前線じゃ、食うや食わずの戦いをつづけているというのに、後方じゃ、この体たらくですよ。あの赤い灯の家も、青い明かりの家も、みんな、後方部隊の慰安所でしょう」「おそらく、そうだろうな」・・・ |
| 証言者 | 緩詰修二 |
| 証言者属性 | 日本軍兵士 |
| 部隊名 | |
| 資料タイトル | 最悪の戦場 独立小隊奮戦す 沈黙五十年、平成日本への遺書 |
| 著者、公文書発信者など | 緩詰修二 |
| 公文書宛先 | |
| 発行日 | 1993.5.6 |
| 発行所 | 光人社 |
| ページ | 144 |
| 出典備考 | |
| 備考 | ビルマの中央付近、イラワジ河の東岸沿いにマンダレーMandalayがある。 |