記載内容 | 軍医と主計は言わば隣組のようなもので、いつも仲がよい。ロイウインに駐留していた時は、文字通り医務室と経理とは背中合せで、愉快に勤務していた。ラシオに来てからは対空警戒の為に、離れ離れに独立したニッパハウスにおさまっていたが、宿舎の方は隣り同志で、アンペラの壁(仕切)越しに話し合う有様であった。・・・「誰かが言ってたよ。軍医さんは自分で慰安所の女達を検診するのだから、安心なものだと」「とんでもない。僕はあれだけはいつもごめんこうむりたいと思ってる。週に1回女の股ぐらを覗くなんて商売は、早く払下げにしてもらいたいもんだ。人から何かよい事でもしているように思われたりしてね。主計さんだけはわかってくれてると思っていたんだが……」・・・或る日、将校宿舎の夕食後のひと時、いろいろな雑談の後に、何を思ったか、市川隊長が「一体あのゴムの袋は被服なのか、物品なのか、それとも医療品なのか」と、まるでラジオのクイズのような質問をした。陸軍では、これは一応身につける物ということで被服の部に入れられていて、被服本廠で発注しているから、なかなか愉快である。私も赤羽の本廠にいた頃、四ツ木のYゴム会社へ製品の監督を命ぜられて、数回ばかり出掛けた事があった。 |