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資料の詳細

出典種別 目撃証言
現在の地域情報沖縄県 国頭郡 金武町 字屋嘉
資料にある地域情報屋嘉
慰安所があった時期1944年頃
記載内容▽宮城さんの住んでいたカードー小は慰安所だったと聞いているのですが。
英子 そうだった。昔の家は1番座、2番座といって4畳半くらいの部屋が2部屋あり、家の後ろ側にも同じ大きさの部屋があった。家の表側のその1番座と2番座が慰安所として使われていた。
▽家の一部が慰安所として使われていたわけですか。
英子 そう。家の半分が慰安所にされ、残りの部分に家族が住んでいた。
▽当時、女性の方(慰安婦)は何人いましたか。
英子 沖縄の女性が3人いた。昭和19年頃、友軍が駐屯するようになってから慰安婦が来た。私は当時13歳ぐらいだったと思うが、慰安所がどういう所か、まだわからなかった。でも夕方になると友軍の兵隊が次の通りまでも並んでいたのは覚えている。
証言者宮城英子
証言者属性地元住民 13歳くらい
部隊名海上挺進基地第26大隊
資料タイトル金武町史 第2巻 戦争・証言編
著者、公文書発信者など金武町史編さん委員会
公文書宛先
発行日2002
発行所金武町教育委員会
ページ170
出典備考宮城英子「私の家は慰安所だった」
備考 現在の地図の金武町の西側に字屋嘉がある。
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