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資料の詳細

出典種別 目撃証言
現在の地域情報沖縄県 中頭郡 北中城村 字仲順
資料にある地域情報大順堂病院
慰安所があった時期1944年夏
記載内容当時、夫は2度目の出征中で、私は祖母と妹の3人で住んでいました。我が家は慰安所になった大順堂病院の隣にあり、軍に一番座を供出させられて、鹿児島と沖縄の兵隊がおのおの5名位泊っていました。私たちは2番座と3番座にいましたから兵隊たちの声がよく聞こえたのです。よく「なかなか順番が廻ってこないから、ずーっと並んでいたよ」と鹿児島の兵隊が言っていましたよ。慰安婦たちが何人いたかは判らないけど、ジュリ小(グァー)ではなかったかと思います。中には子持ちの女性もいました。人数は5,6人位いたのではないでしょうか。小学校が石部隊の兵舎に、クラブ(今で言う公民館)が炊事場になっていました。慰安所は夏ごろからあって、米軍の上陸の頃にはなくなっていました。
慰安所分布表
市町村名:北中城村 字名:仲順 建物:病院 期間:S19夏~S20.3 慰安婦・人数:5,6人 慰安婦・出身地:沖縄 営業形態:アンマーがいた 軍隊名:ー 証言者・氏名:大田よし子 証言者・出典:電話取材、沖国大石原ゼミ1991年『あし』12号 備考:『北中城村戦災実態調査報告書』
証言者大田ヨシ子
証言者属性地元住民、大正3年
部隊名
資料タイトル第5回全国女性史研究交流のつどい報告集
著者、公文書発信者など賀数かつ子
公文書宛先
発行日1994.8.24
発行所全国女性史研究交流のつどい実行委員会
ページ20、27
出典備考
備考 沖縄市の南に北中城村がある。同村の中央付近に仲順がある。
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