証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報地名特定不可能
資料にある地域情報中支
慰安所があった時期1940年
記載内容私は、昭和13年に兵隊検査を終わって、14年の1月に召集されてすぐに入隊して、15年に中支に派遣されたし。数え28。・・・(本に出てたようなことをずっと見聞きしてこられた?)もう、日常の風景のひとつとしてね。・・・(その人たちの呼び方は?)あなた、女性で若い方やろうと思うけどね、慰安婦というのは「ピー」というんですわ。(建物は?)アンペラですよ。アンペラをひいたというか。私は中支しか知らんけどね。北の方は知らんし、また南方の方も知らんけどね、軍隊が駐屯しとれば、そこにピーヤがあったわけですわ。(人数は?)そらもう、5,6人から、大きいとこになると10人くらいおるし。1軒だけじゃなしに、2軒くらいあるところもあるし。忙しいのはやっぱり、日曜日やね、女たちの。普通の平日は上級の将校たちが利用してたわけやね。
証言者73歳 男 大阪府
証言者属性日本軍兵士
部隊名京都16師団伏見9連隊から上海警備隊
資料タイトル性と侵略――「軍隊慰安所」84ヶ所 元日本兵らの証言
著者、公文書発信者など1992・京都「おしえてください!『慰安婦』情報電話」報告集編集委員会
公文書宛先
発行日1993.7.31
発行所社会評論社
ページ145
出典備考
備考
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