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資料の詳細

出典種別 目撃証言
現在の地域情報地名特定不可能
資料にある地域情報不明
慰安所があった時期
記載内容日本軍が天津を占領していた時代。この南市は日本の租界には含まれていなかったが、日本軍はいつも我が物顔で、この南市によくやってきた。・・・しかし、日本兵が女性を捕まえる現場は見たことがない。妓女を捕まえるのは中国人のごろつきたちだった。このあたり一帯は妓院が多かった。夫や父を連れていかれた家族は、生活の支えをなくして、妻や娘が借金の抵当として妓女になるものが多かった。この辺りは、暗娼も多かった。ごろつきたちが妓女を捕まえに来る時、時々一般の民家の女性も引っ張って行く。女性の家族や妓女の身内なども追っかけて行って、ごろつきに懇願したり泣いて叫ぶが、誰も助けてくれない。・・・私はここで生まれ育ってきたから、以上のことはよくおぼえている。引っ張っていかれた女性たちがその後帰ってきたかどうか知らない。女性を捕まえに来るようになったのは1941年以後だ。特に、日本の降伏の2,3年前は酷かった。
証言者王在田(天津の南市で生まれ育った)
証言者属性地元住民
部隊名
資料タイトル「天津の日本軍「慰安婦」供出システム―偽「天津特別市政府」警察局の公文資料から
著者、公文書発信者など林伯耀
公文書宛先
発行日
発行所
ページ
出典備考『女性・戦争・人権』第2号、1999.5.20、106-107ページ
備考 1998.7.3の林伯耀の聞き取り
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