証言,公文書等,様々な文書を徹底調査

資料の詳細

出典種別 兵士の回想録等
現在の地域情報地名特定不可能
資料にある地域情報不明
慰安所があった時期1941年12月
記載内容将校になるまでに死ぬかもしれんと思うと、やけくそにならざるを得なかった。いや、そう思うことによって、自分の責任を転嫁したのだった。-わたしは軍曹に昇進した。と、ある日曜日の夜、同僚に抱きかかえられるようにして慰安所へ連れこまれた。うつろな目で辺りを見回したわたしは、コウリャンの茎で編んだ部屋の仕切り壁、6畳くらいの広さの真ん中に敷かれたうすい布団の上に置いていかれた。・・・月曜日の朝、勤務を終えて帰ってくると、待ちかねたように兵長のひとりが、「班長殿、イロハが軍曹はなぜ来ぬかときいとりました」と言う。そういえば、女は「イロハ」と仮の名を名乗っていた。今まで堅物で通っていたわたしが、女のところに行ったということ、それが、もう中隊中に知れ渡ったのかと思いながら、わたしは別に恥ずかしいとも、また悔いもなかった。「班長殿、自分もイロハに行っているんですよ。班長殿とマラ兄弟ですのう」この14年徴集兵の兵長はぬけぬけと言う。-イロハは売春業者に買われたのではなく、子供が生まれて3ヵ月ぐらいしてから、畠で働いているところを徴募という名目で、案内した巡査と軍曹が連れた10名ばかりの兵隊にむりやりトラックに押し込まれ、ここまで連れてこられたのだと話したが、そんな無茶なことがあるものかと、わたしは信じなかった。
証言者江先光
証言者属性日本軍兵士
部隊名39師団233連隊
資料タイトル戦鬼
著者、公文書発信者など江先光
公文書宛先
発行日1995.7.20
発行所叢文社
ページ346、350
出典備考
備考
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