記事 1~5
1997・8年あたりから「慰安婦」問題の記事が変わり始め、今の読売新聞の「慰安婦」報道の輪郭が見えてきます。その論調の中心的な人物の一人が論説委員の朝倉敏夫氏。
朝倉氏の解説1~4や対談記事6を見ると、「“進歩的”マスコミ」1「日本の新聞」36「某新聞」4と社名は挙げていませんが、朝日新聞の報道を「勤労動員だった女子挺身(ていしん)隊を、慰安婦とするための強制連行だった」1と「大々的な歴史偽造報道をした」3と批判し、「国連人権委員会の粗雑で程度の低いクマラスワミ報告」2に引用され「国際的に深刻なマイナスを招いた」2として、河野談話の撤回や修正を求めるなど、近頃の「慰安婦」報道の論点の多くが出そろい、読売の「産経新聞化」が見て取れます。しかし、この時点では「慰安婦」問題が日韓の政治・外交問題になったのは92年1月の朝日新聞の報道136がきっかけだったと書いています。すべての始まりは「32年前の朝日の吉田清治報道」ではなかったようです。
2007年になると論調はさらに激しくなります。13の記事では朝日新聞の社名を挙げて92年当時の記事を引用しながら批判したり、日本だけが「『性奴隷』制の国呼ばわりされ」12ることについて、他の国の軍隊にもあった、または慰安所の「実態は軍公認の“売春宿”だった」12、といって間違いだと指摘します。そして「本人の意思に反する業者の強制連行はあったかもしれないが、軍による強制連行はなかった」10と、「悪いのは民間業者」ということにしたい一部政治家たちの意見をそのまま報道しています。「確実な1次資料が発見されない」9ということを理由に、「官憲による組織的な『強制連行』」13の有無に論点を絞ろうとしていますが、90年代中ごろまでの記事に登場する読売の「強制連行」の定義とぜひとも見比べながら読みたいものです。また、何を「確実な1次資料」と言おうとしているかという点も気になるところです。
記事抜粋
勤労動員だった女子挺身(ていしん)隊を、慰安婦とするための強制連行だった
記事抜粋
国連人権委員会の粗雑で程度の低いクマラスワミ報告
記事抜粋
大々的な歴史偽造報道をした