常軌を逸した朝日新聞バッシング
池田恵理子(wam館長)
「慰安婦」問題でバックラッシュが起こるたびに、wamは猛烈な忙しさに見舞われます。大急ぎで抗議声明を出し集会や街頭行動に走り、取材や原稿、講演などに追われます。橋下大阪市長や籾井勝人NHK会長の暴言でもそうでしたが、今回の朝日新聞の「慰安婦」報道検証問題のインパクトの大きさは比べ物になりません。4ヵ月が経ちますが、今も余波は続いています。
このバックラッシュが今までと違うのは、それに抗する現場の記者たちの動きが見えてきたことです。10月15日に都内で開かれた「朝日バッシングとジャーナリズムの危機」というシンポジウムには500人以上が集まり、各社の記者たちも多数参加。朝日新聞の「慰安婦」報道検証取材班の一人が登壇し、編集委員や労組の人も「内部でも議論が始まっている」と発言して、大きな拍手を受けました。
wamには若い新聞記者やテレビのディレクターたちが、今後の「慰安婦」取材の相談にやってきます。メディア内部での萎縮や自主規制が強まり、危機感が高まっているのです。私たちはできる限りの協力と応援を惜しみませんが、同時に気がつくのは、この15年余りの“「慰安婦」報道の空白期間”です。1991年の金学順(キムハクスン)さんの名乗り出から始まった「慰安婦」問題ですが、90年代後半からのバックラッシュで中学の歴史教科書から「慰安婦」が消され、メディアでも報道が抑えられて、タブー視されるようになりました。そのため、若い記者たちは「慰安婦」について学んだり取材した経験がほとんどありません。被害者に出会うこともなく、強制連行の有無や反日ナショナリズムといった政治論争ばかりに目を奪われてきました。wamでは朝日新聞叩きに熱中している読売新聞の「慰安婦」報道検証を行なって、11月14日からミニ企画展を始めました。すると、90年代前半には真っ当な記事を書いていた読売も90年代後半には報道件数が激減し、「産経新聞化」が始まっていることがわかってきました。
この“報道の空白期間”に被害女性たちの多くは寿命が尽き、生存者はわずかになってしまいました。右派メディアは「?も100回言えば本当になる」とばかりに滅茶苦茶な暴言を繰り返しますが、そんな?を真に受けてしまう記者すらいるようです。
wamでは『文藝春秋』10月号に載った塩野七生の朝日批判のあまりの内容に驚いて、公開質問状を出しました。彼女はインドネシアでオランダ人女性が「慰安婦」にされた事実を全く知らず、それを書いた朝日新聞を批判しています。このような基本的な歴史的事実を、編集者も知らなかったのでしょうか。それとも知っていたのに、歴史を捏造しようとしたのでしょうか。wamの会員の皆さんも、これに疑問を持たれたら、塩野さんと文藝春秋に質問をしてみてはもらえませんか。
私たちは、こんな前代未聞のことがまかり通る時代に突入してしまいました。