国連の「特別手続」の経緯や意義、そして、人権侵害からの被害回復に関わる用語についての阿部浩己さんによる解説です(『wamだより』vol.63、2026年7月所収)。ぜひ、これらの書簡を理解し、活かす取り組みにご活用ください。
阿部浩己(明治学院大学)
国連人権理事会により任命された人権の専門家が、独立した立場で行う報告・監視・助言活動等のことを「特別手続special procedures」という。人権専門家の任務は国・地域または人権課題(テーマ)別に与えられ、単独でその任を担う者には「特別報告者special rapporteur」、複数(通例5 人)の場合には「作業部会working group」という名称があてられることが多い。特別報告者や作業部会のメンバーたちは「マンデートホルダー mandate holder」と総称され、国際法に基づいて特権免除を享有する。任期は最長6年で、無報酬である。
国別では、1967年に南アフリカが初の対象国になり、その2年後にパレスチナ被占領地域がこれに続いた。他方、テーマ別の端緒を開いたのは1980年設置の強制失踪作業部会である。国連のこうした活動は、1993 年の第2 回世界人権会議を機に「特別手続」として明確化されていく。2025年末時点(以下、現時点)で、13ヵ国と46のテーマが特別手続の対象になっており、マンデートホルダーの総数は85人(うち女性は53人)に及ぶ。
特別手続の下で行われる活動は、大別すると3つある。第1は「現地調査」である。人権情報を直接に収集するのに現地訪問は不可欠といってよい。特別報告者らは、2025年に40ヵ国で合計50の現地調査を行っている。現地訪問には受け入れ国の同意が必要だが、現時点で日本を含む128ヵ国が「恒常的招待standing invitation」を出しており、どのテーマ別マンデートホルダーからの訪問要請であっても受け入れることを約束している。日本はこれまでに16の現地調査を受け入れ、現時点でさらに13のテーマに関して訪問要請を受けている。
第2は「通報」である。特別報告者たちは、人権侵害にかかる信頼できる情報が寄せられたとき、関係国政府等に通報することができる。個別の事案だけでなく、法律・法案について通報することもある。いずれも法違反の有無を判ずるものでなく、その主たる目的は、関係国政府等に懸念を伝え、情報や所見を求めることにより、人権状況の解明・改善を促すところにある。名称こそ似ているものの、人権条約に備えられた個人通報とは別物である。
通報には3つの形式がある。1つ目は、差し迫った対応が求められるときに発出される「緊急アピールurgent appeal」、2つ目は、既に発生したと主張される事案について用いられる「侵害申立書簡allegation letter」、3つ目が「その他の書簡other letter」である。2025年の実績で見ると、総数815の通報(うち720が複数の特別報告者らの連名)が129の国と160の非国家行為体(企業や国際機関)に宛てて発出されている。全体の80%が侵害申立書簡であり、通報全体で取り上げられた個人は1848人を数える。8つのテーマを担うマンデートホルダーが2025年7月17日付で共同で発出した日本軍「慰安婦」問題に関する通報は、「侵害申立書簡」の形式をとって行われたものである。2013年11月以降、日本に対する通報は43あり、情報・所見を求められたすべてについて政府は応答している。
なお、「恣意的拘禁作業部会」は、このほかに、個別の訴えについて調査し、拘禁の恣意性について判断する準司法的な仕組みを有しており、強制失踪作業部会も、個別の失踪事案の解明に向けた特別のやり方を開発してきている。
第3 は「その他の活動」だが、これは多岐にわたる。特定課題に関する研究・報告、ガイドラインの発出等を通じた国際人権基準の発展への貢献、多様な関係者との協議、セミナーやシンポジウムへの参加、さらに、声明等の発出による特定の人権状況についての意識喚起などである。これらは国連人権理事会の要請に基づいて行う場合もあれば、自らの発議で行うこともある。日本軍「慰安婦」制度のサバイバーが正義の実現を阻まれ続けていることに重大な懸念を表する声明を、9つのテーマを担うマンデートホルダーが2026年3月6日付けで共同で出しているが、これは特定の人権状況について意識を喚起するために発出された声明の一例である。
監視を嫌う国などから時に強い反発を受けつつも、人権擁護に向けた精力的な活動の積み重ねを通じ、特別報告者らの担う特別手続は「国連人権保障システムの至宝crown jewel」と評されるまでになっている。特別手続なくして国連人権理事会は機能せず、同理事会なくして国連の人権保障システムは立ちいかない。特別手続は、このゆえに、人権の促進・保護を掲げる国連にとって不可欠の存在となっている。
この用語は「賠償」と訳されるのが一般的だったが、近年は「回復」という語が充てられるようにもなっている。違法行為がなければ存在したであろう状態に戻すことにより、生じてしまった不正義を矯正することにその本来的意義がある。もっともreparationには、これに加えて違法行為への制裁的な意味合いもあり、また、当事者間の関係を修復し、新しい関係の構築を促す効果もある。
この用語は、歴史的に見ると、敗戦国が戦勝国に損害を填補するwar reparationの文脈で用いられることが多かった。(敗戦)国による(戦勝)国への償いを「(戦争)賠償」と表してきたことから、国による個人への償いには「(戦後)補償」という表現が用いられてきた経緯もある。reparationは、だが今日では、戦争との結びつきを超えて、国際違法行為一般により生じる責任との関わりで用いられるようになっている。
国際法上、国のすべての国際違法行為は国家責任を伴う。加害国は、国家責任を解除するため十分なreparationを提供しなくてはならない。その際、とるべき措置の第1 は「原状回復restitution」である。違法行為前の状態に戻すことはreparationの主意にほかならない。これにより、継続していた違法行為が中止されることにもなる。ただ完全な原状回復には困難が伴うため、次に求められるのは「金銭賠償compensation」である。経済的に評価可能ないかなる損害も対象になり、利息や逸失利益もそこに含ませることができる。十分なreparationには、さらに「精神的満足satisfaction」の提供も求められる。違反の自認、遺憾の意の表明、公式の「陳謝apology」などがこれにあたる。このほか、リハビリテーションの提供や再発防止の保証など、事案の内容に即してさまざまな措置が並行して求められてきている。
reparationの原則は、国家間のみならず、個人との関係でも適用される。国際刑事裁判所規程(第75 条)は、国際犯罪の被害者に関するreparationについて定めているが、この規定は、個人がreparationを提供されるのみならず、これを提供する主体になり得ることを示してもいる。なお政府訳によると、同条のreparationは「賠償」とされている。
remedyとは、権利を執行し、または権利侵害を防止・是正するための手段・行為を意味する。個人の権利としてのremedy は2つの側面から成る。第1は手続・制度に関わる。権利を実現するため、政府から独立した、公正な、権限のある機関へのアクセスが確保されなくてはならない。第2は実体的側面である。権利侵害を防止し、その回復のために必要な措置が取られなくてはならない。具体的には、事案の内容に応じて、真相究明・事実認定、責任者の訴追・処罰、金銭賠償の支払い、再発防止の保証、法令の整備などが求められることになる。なお、国家間の文脈では、remedyには、自国の権利を侵害された国家がとる「対抗措置countermeasure」も含まれる。
redressは国際法上の術語としては必ずしも広くは用いられてきていないが、この用語に明文で言及する拷問等禁止条約の評釈(一般的意見第3 号)において、拷問禁止委員会は、redressがremedyとreparationを包摂する概念であると説く。redressは、原状回復、金銭賠償、リハビリテーション、精神的満足、真実への権利、再発防止の保証を含み、侵害を是正するのに必要な十分な範囲の措置を指すとされている。
この用語は、性/人種差別撤廃のために取るべき措置の文脈で用いられることも少なくない。たとえば、フィリピンに対し、日本軍性奴隷制サバイバーへの処遇を条約違反と認めた女性差別撤廃委員会の見解(2023年3月8日付)でも、redressという用語が使われている。