日中韓の危機的状況の中で
池田恵理子(wam館長)
この夏から秋にかけて、週刊誌の吊り広告やネットの書き込みを目にした時、「気分はもう戦争」というフレーズが幾度も浮かんできました。そう、1980年代に人気のあった大友克洋の漫画(原作・矢作俊彦)のタイトルです。日中、日韓の間で尖閣諸島や竹島の領有権をめぐる応酬が過熱し、目を疑うような過激な論調がまかり通っています。今年は日中国交回復40周年の年ですが、尖閣をめぐる緊張によって日中関係は最悪です。今回はそもそも石原慎太郎・元東京都知事が尖閣諸島の購入計画を言い出したことから始まったわけですが、「戦争前夜」を思わせる好戦的な気分に乗じて、石原も橋下徹大阪市長や安倍晋三・元首相も、竹島問題の背後にある「慰安婦」問題を持ち出しては「『慰安婦』の強制連行を示す証拠はなかった」を繰り返し、1993年の河野談話の見直しまで言い始めました。メディアは彼らの言動を事実に即して検証・批判すべきですが、むしろ誤謬だらけのプロパガンダを増幅して報じ、ナショナリズムを煽っています。
この20年間、日本軍による性暴力の実態を明らかにしてきたアジア各国の被害女性や支援者たちの努力も、歴史家や法律家、国際機関の専門家などが積み上げてきた蓄積も、全てを無しにするような暴言です。彼らは歴史そのものを否定し、記録や記憶を封殺しようとしているのです。そしてさらに恐ろしいのは、各種の世論調査によれば、このような政治家たちが選挙での大量得票を予想され、日本の政治の中枢を握る可能性があることです。戦争加害から目をそむけて責任者を裁かず、「慰安婦」問題の解決を怠ってきた日本を変えよう、日本の真の民主化を実現しよう…と思ってきた私たちは、愕然・茫然とするしかないのでしょうか。
松井やよりさんが亡くなってから早10年です。彼女から託されたwamの建設と運営に走り続けてきた私たちにとって、疾風怒濤・無我夢中の日々がもう10年にもなるのか…と信じられない気持ちですが、10年が経ってしまいました。松井さんの没後10年を迎えるにあたり、この12月16日には、彼女が育て残していった3 つの姉妹団体 ―アジア女性資料センター、VAWW-NETジャパン(現VAWW RAC)、wam―が集まって記念イベントを開催します。
この準備のために打ち合わせをしたり映像素材を集めたりしていると松井さんを思い出す機会が増えて、しばしば「松井さんが今、生きていたら…」と考えます。松井さんが昨今のこの日本の惨状を前にしたら、怒り心頭に達して“憤死”でもしかねないでしょうか。でも私たちは死ねません。諦めないで前進するしかありません。私たちには、中国にも韓国にも、ともに手を携えて闘い、励まし合えるたくさんの仲間や友人がいます。国家や政治がどんなに理不尽に私たちの行く手を阻んでも、この友情と連帯は揺るぎません。
松井さん、心配でしょうが、どうか私たちを見守り続けてくださいね。