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戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館

「wamだより」VOL.29(2015.3)

  • 巻頭言:国会を包囲した 安倍政権への怒りのレッドカード
  • 危機に立つ 「慰安婦」問題とメディア
  • 「徹底検証!読売『慰安婦』報道」展(上)
  • 報告:wamシンポジウム・セミナー
    • 緊急シンポジウム 証言をどう聞くのか~証言が証拠になるとき
    • wam de cafe特別編 ビデオを観ながらみんなでおしゃべり!
  • 報告:「北京+20」in NY
    • NYを舞台に「慰安婦」問題バトル!
  • 第10回やより賞・やよりジャーナリスト賞贈呈式―やより賞の10年を振り返って
  • wamパネル巡回
  • 連載 ベルリンからの風 Vol.5
  • 連載 扉を開く(5)
    • 原告たちに寄り添って
  • 連載 被害女性たちの今(26)韓国
  • イベントカレンダー
  • wam de つながる
  • wamライブラリーから
【巻頭ページ】

国会を包囲した 安倍政権への怒りのレッドカード

池田恵理子(wam館長)

呼びかけの期間も短かったので、国会議事堂を囲む輪が結べなかったら恰好がつかないな…と、赤いブレザーで出かけた1 月17日の「女の平和」の「人間の鎖」でしたが、夥しい数の女たちの結集に仰天しました。集団的自衛権の行使容認や改憲の動きに反対して、赤い色を身にまとった7000人もの女たちが議事堂を二重三重に取りまいたのです。これは、1970年代に古い因習からの解放を求めたアイスランドの女性たちの「レッド・ストッキング運動」をモデルに、300人余りの各界の女性たちが呼びかけたものでした。私は予想外の熱気に舞い上がって、ビデオ撮影をしながら国会の周りを2 周したところ、10年、20年もご無沙汰していた懐かしい顔や、沖縄や福島から駆けつけた女性たちに声をかけられました。誰もが「ここで行動を起こさなければ、日本は戦争に突入する」という危機感に満ちて、安倍政権に「No!」を突き付けていました。

ところがこの日、国会に安倍首相はいませんでした。首相は16日から中東諸国の歴訪に発ち、17日にはエジプトのカイロで、「ISILと闘う周辺各国に、総額で2 億ドル程度、支援をお約束します」と演説しました。するとIS(イスラム国)は1 月20日に、人質にした湯川遥菜さんと後藤健二さんの殺害予告をネットに公開し、「日本の首相へ。日本はISから8500キロ以上も離れているのに、自ら進んで十字軍に参加した」として2 億ドルの身代金を要求。首相はイスラエルでの記者会見で「許し難いテロ行為」と非難しましたが、二人の日本人は殺害されました。

その後明らかになったのは、すでに日本政府が昨年12月には二人の拘束を知っていたという事実です。それでも安倍首相は中東に向かい、ISとの闘いに支援を約束することが、ISへの挑発になるとは考えなかったのでしょうか。これは明らかに安倍政権の外交政策の大きな失敗です。ところが安倍首相は反省するどころか、今回の事件を口実にして自衛隊派遣から実質的な参戦、そして憲法9 条を葬り去る…と目論んでいるに違いありません。

しかしこの失策と責任を問う声は、メディアからも政界からもほとんど聞かれません。逆に批判をすれば、「テロに加担するのか」「非国民」と非難されます。頑張って報じているのは、週刊金曜日や日刊ゲンダイ、週刊ポスト、週刊現代くらいでしょうか。こんな時こそメディアは事件の検証と責任追及、問題提起をすべきなのに黙り込んでいます。これこそ危ない!

絶妙のタイミングで国会を包囲した「女の平和」では、次のようなシュプレヒコールが繰り返されました。「集団的自衛権の行使は認めない!」「人を殺しあうのは嫌!」「よその国の戦いに加わらない!」「誰ひとり戦争に行かせない!」「差別をなくし自由を守り育てよう!」「この国の主権者は私たちです!」…そして「安倍政権にレッドカードを!!」。


危機に立つ 「慰安婦」問題とメディア

池田恵理子(wam館長)

昨年8 月の「慰安婦」報道検証から始まった朝日新聞バッシングは、この半年間に多くの問題を浮き彫りにしてきました。どんな時代でも「教育」と「報道」は政治の動向を映し出すバロメーターですが、まるで戦争前夜のようなキナ臭い空気に満ちている今の日本で何が起こったのか、振り返ってみましょう。

 

「慰安婦」記事を書いた記者への誹謗と脅迫

なぜ朝日新聞はこの時期、「慰安婦」報道検証をしたのでしょうか。内外から「慰安婦」記事の問題点や報道姿勢を繰り返し問われるため、戦後70年を前にすっきりさせたいという狙いがあり、1991年に初めて韓国の金学順(キムハクスン)さんの記事を書いた記者への誹謗中傷もあったからだと言われています。

その記者・植村隆氏は2014年3 月に朝日を早期退職し、神戸松蔭女子学院大学に内定していました。ところが、2 月6 日号の週刊文春に「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」と書かれてから大学に抗議が殺到、内定は取り消されました。非常勤講師をしていた札幌の北星学園大学にも解雇を求めるメールや電話、果ては脅迫状まで送り付けられました。

8月の報道検証では植村氏の記事に捏造などはなく、言葉の誤用や事実関係も他社と変わらないとしています。妻が韓国人で、義母が戦後補償運動の団体幹部だったため、「彼女たちと結託して『慰安婦』問題を仕掛けた」とでっちあげられたのです。植村氏はさらに「国賊」「反日工作員」と罵られ、ネットには娘の実名や写真までさらされて「自殺するまで追い込む」と脅されました。この異常事態に、植村氏の応援団が誕生し、全国の弁護士380人が脅迫事件を札幌地検に告発。一度は植村氏を雇い止めすると言った大学ですが、最終的には契約更新を決定しました。

植村氏は、月刊誌などに「私は“捏造記者”ではない、不当なバッシングには屈しない」と手記を発表する一方で、2015年の年明けには名誉毀損で東京地裁に西岡力氏と文藝春秋を、札幌地裁に櫻井よしこ氏と新潮社など3 社を訴える裁判を起こしました。右派メディアの“言論テロ”に対して法廷闘争を始めたのです。

しかしこのように悪質な人権侵害事件でも、メディアが取り上げるまでには半年以上かかりました。関連記事が没になったという地元記者は、「自社に火の粉がかかるのを怖れて、ひるんだのではないか」と言います。深刻なのはこうしたメディアの自主規制や萎縮です。

 

問題が噴出――朝日新聞・第三者委員会の報告

8月の報道検証の後、検証チームの記者たちは「慰安婦」の連載記事の準備をしていたのに、却下されたようです。その上、「誤報を訂正するなら、謝罪もすべし」と書いた池上彰氏のコラムが没になって大騒ぎに。結局、コラムは掲載されましたが、これなどは明らかに上層部の判断ミスです。ただ少し救いを感じたのは、現役の記者たちが実名のツイッターで社の姿勢を批判したことでした。

朝日新聞は9月11日に謝罪会見を行い、「慰安婦」報道の調査と提言を第三者委員会に委ねます。「なぜ自社でやらないのか」と思いながら、委員の顔ぶれを見てギョッとしました。「慰安婦」問題の専門家がいないだけでなく、北岡伸一氏や岡本行夫氏といった保守系の有識者が並んでいたからです。

これには10月9日、林博史氏(関東学院大学)などの「慰安婦」問題の研究者や弁護士たちが朝日新聞に改善を申し入れました。しかし12月22日に公表された報告書を読むと懸念は的中したことがわかりました。報告書は、朝日新聞が当初は「狭義の強制性」を報じてきたのに、「河野談話」に基づいて「広義の強制性」を強調し始めたのは「議論のすりかえだ」としています。しかし「慰安婦」被害の本質は「強制連行」の有無ではなく、女性たちが自由を奪われ、強制的に性行為を強いられたことにあり、「議論のすりかえ」でも何でもありません。「慰安婦」被害の実態が究明されてわかってきたことでした。

この日の記者会見で林香里氏は、委員会では「慰安婦」問題が「女性の人権」としてはほとんど取り上げられなかったとして、ジェンダーの視点の弱さを訴えました。また彼女は、朝日の「慰安婦」報道が国際社会に与えた影響を調査し、「あまり影響がなかった」という結論を出しました。欧米、韓国の新聞15紙を20年前までさかのぼり、朝日や吉田証言の引用を数えた結果です。ところが報告書には、他にもう2 つの個別意見が併記されていました。それらは北岡委員・岡本委員・波多野委員らの実証的な根拠のない“印象論”で、「朝日の報道が韓国での慰安婦問題批判を過激化させた」などと述べています。統一見解にはならず両論併記にしたのは、朝日の「慰安婦」報道が国際的に日本の地位を貶めたことにしたい…という強い意思が働いたのか? と疑いたくなりました。

第三者委員会報告を受けて1月22日、朝日新聞に申し入れをした研究者の記者会見で林博史氏は、「朝日新聞は責任を放棄して主体性を失い、主体性があるメディアは主体的に人権蹂躙を行っている」と厳しく指摘しました。これは“言い得て妙”です。右派が同調する“印象論”は朝日を叩く時の材料として引用され、「議論のすりかえ」批判も、産経新聞が我田引水的に大きく取り上げて紙面を飾りました。

 

朴裕河(パクユハ)『帝国の慰安婦』礼讃の嵐は何故?

朝日新聞は第三者委員会の報告を受けて「幅広い提言を誠実に実行したい」と述べましたが、紙面からは「国民基金」支持派への傾斜が目立ってきました。それと同時に、「国民基金」を支持する一人である朴裕河氏(韓国・世宗大学)の著書『帝国の慰安婦』を、諸手をあげて絶賛するようになりました。この本は2013年に韓国で出版されてから大議論を巻き起こし、ナヌムの家のハルモニたちは、「『慰安婦』は募集に応じて性を提供した日本軍の『同志』であり、日本は直接の法的責任を負わないなど、虚偽事実を記載して原告の名誉を毀損し人格権を侵害した」として販売禁止を求めて提訴しています。

ところが朝日は朴氏を「慰安婦」問題の“救世主”のように高く評価。「論壇時評」(11月27日)で高橋源一郎氏(作家)は「感銘を受けた、と書くのもためらわれるほど、峻厳さに満ちたこの本」とこれを絶賛し、年末の「私の3 点」にも「慰安婦問題を論じる時の必須の文献」にあげています。読書欄(12月7 日)の杉田敦氏(法政大学)も、「論壇 2014年回顧」(12月30日)の塩倉裕氏(編集委員)も同様です。

実は、遅ればせながら私もこの本を読み始めましたが、引用される証言や資料の偏向や論旨に違和感を覚えては立ち止まり、読み進むのに苦労しました。ここでは簡単な感想しか書けませんが、かっちりした朴裕河批判は、「慰安婦問題をめぐる報道を再検証する会」のブログ(http://readingcw.blogspot.jp/)に金富子氏や能川元一氏の報告や分析が載っているので、是非お読みください。金富子氏は問題点として、①朝鮮での「挺身隊」に関する歴史的事実への混同や誤解があるにも関わらず、「挺身隊と慰安婦の混同」を「植民地の〈嘘〉」と決めつけていること、②被害女性の証言を恣意的に選別することで朝鮮人「慰安婦」の大部分が「少女」であった事実を否定し、「性奴隷」を記憶の問題にすり替えてその実態を否定していること、③朝鮮人業者の責任が重いとして、日本軍の責任を軽視・解除しようとしたこと…などをあげています。

 

「慰安婦」報道の空白がもたらした危機

朴氏は「慰安婦のありのままの声を聞いてきた」と言い、「国民基金」を日本政府の「補償」と評価しますが、ハルモニたちが「国民基金」を提示されて、「私は金がほしくて日本政府を訴えたわけじゃない!」とどれだけ怒ったことか。被害者が拒否するものを加害側が「補償だ」と押しつけて、和解が成立するはずはありません。

さらに私が気になったのは、朴氏は被害者を支援してきた韓国と日本の支援団体に対して、「被害者を運動に利用してきた」と厳しく批判する一方で、「慰安婦」問題を否定する右派や歴史修正主義者らの動きや犯罪性を軽視しているところです。そして日本での右派のバックラッシュや嫌韓、ヘイトスピーチなどの高まりに、女性国際戦犯法廷の天皇有罪判決などの影響を見たり、日本と韓国の支援者(運動体)は「慰安婦」問題の本質を問いかけたために左右対立を引き起こし、問題解決を遠ざけてしまった。読売新聞まで右派に追いやり、河野談話否定派にしてしまった…としています。「『慰安婦』=『当事者』たちは、いつのまにか…日本の政治運動の人質になっていたとさえ言える」と言うのです。しかし私は、日本人が自国の戦争加害にどう向き合うかは戦後日本の未解決の課題で、ここから日本人は逃れることはできないと思っています。

ところがこのような朴氏を賛美するのは朝日新聞だけに限りません。「慰安婦」支援の取り組みを支持してきたリベラル派の中からも「朴裕河に感動した」という声があがっています。これは何故? 「慰安婦」被害や植民地支配の実相が理解されていないから? あるいは、日本の法的責任を免罪するソフトな韓国人の主張に慰撫された気になるのでしょうか。

しかしメディアは、何よりも、「慰安婦」被害者を取材し報道してほしいです。90年代後半から「慰安婦」報道がタブー化されて、若い記者たちは現場取材をほとんどしていません。この報道の空白がもたらした弊害を思うと無念でなりませんが、今が正念場です。どこの社の人でもかまいませんから、何とか現場を、人間を、取材してください。


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