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戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館

「wamだより」VOL.32(2016.3)

  • 日韓「合意」から3ヵ月、今になって見えてきたこと
  • 特集 日韓外相会談とその後
    • 韓国での「合意無効」を訴える大きなうねり
    • 日韓「合意」を嗤うドイツメディア(連載 ベルリンからの風 Vol.8)
    • 日韓「合意」の賛否に揺れるアメリカ
    • 日韓政府による「合意」とこれから
    • 【資料】wam提言(2015/12/31)
  • 日韓「合意」は不十分! 女性差別撤廃委員会勧告
  • 【解説】女性差別撤廃委員会の最終所見
  • ニコン控訴せず勝訴確定!
  • 吉見義明教授名誉毀損裁判 不当判決
  • wamパネル巡回
  • 報告 wam10 周年記念トーク・イベント
    • 「慰安婦」問題をめぐるこの10年とwamの活動
    • wamアーカイブ事業に向けて
  • 報告 wam第13 回特別展「インドネシア展」連続セミナー(1)~(2)
  • 連載 扉をひらく(8) 苦しみを知ってしまった責任、闘いにかかわってしまった責任(梁澄子)
  • 連載 被害女性たちの今(29) 【韓国】
  • イベントカレンダー
  • wamデータ
  • wamライブラリーから
【巻頭ページ】

日韓「合意」から3ヵ月、今になって見えてきたこと

池田恵理子(wam館長)

『wamだより』愛読者の皆さん、お気づきですか? この32号はいつもより分厚い24ページになりました。それと言うのも、昨年末の日韓外相会談で出された日韓「合意」をめぐる動きを伝えるために、ページ数を増やしたからです。「あれ?『慰安婦』問題は日韓が合意して、もう解決済みでは?」と怪訝に思う方もいるでしょう。そう、政府は「合意」を「歴史的、画期的な成果」と自画自賛し、新聞も「日韓の合意を歓迎する」(毎日新聞)、「『慰安婦』決着弾みに日韓再構築を」(日経新聞)と歓迎ムード。これをもって「最終的かつ不可逆的に解決」したかのようでした。

ところが実際には、韓国政府は被害者の声も聞かずに政治的談合をしたとしてハルモニたちから糾弾され、支援団体も世論も朴槿恵(パククネ)政権を批判し、日本の支援団体や研究者も批判の声をあげました。それに追い打ちをかけるように、国連の女性差別撤廃委員会(CEDAW)は3月7日の最終見解で、「被害者中心のアプローチを十分に採用していない」と指摘(15ページ)、「『慰安婦』問題は未解決」という発言も出ました。日本政府はこれらの火消しに躍起ですが、国内外のギャップは広がるばかりです。この背景には、日本のメディアが政権批判を避け、国際的な動きを充分に伝えてこなかったことがあると思います。

注意深く「合意」直後の報道をチェックすると、「世論操作」とでも言えそうな論調や恣意的な編集に気づきます。今号特集のベルリン報告(4ページ)には、ドイツ第2公共放送が12 月28日、ナヌムの家の柳喜男(ユヒナム)さんの声を伝えたとあります。YouTubeでも確認できますが、彼女は「私はこれでは満足できません。こんなに長い間、権利を認められずに生きてこなければならなかったのに、人間として扱われてこなかったのですから」と言っていました。ところが同じ場を取材したNHKは同日夜7時のニュースで、ハルモニが「(政府が)今年中に解決しようと努力してくれたことも考え、私は政府がやることに従う」と語った部分だけ流していました。他の複数の新聞もここを引用して報じました。

こうして「合意」から1ヵ月経った2月4日のNHK「時論公論」では、世論調査で「合意」を「評価する」は63%、「評価しない」が29%だと言います。特集の韓国報告(2ページ)を読むと、韓国の世論調査では日本と真逆の結果が出ていることがわかります。

また日韓両政府は、このように重要な「合意」を文書化していません。会見内容はそれぞれが英訳していますが、これが微妙に食い違って誤解を生みかねないと、事務局長の渡辺さんが分析しています(8ページ)。

このままでいいはずがありません。やっと「責任を痛感している」と語った政府への働きかけを弱めることなく、「慰安婦」被害者の回復をめざした真の「解決」と、現代の紛争下での性暴力を根絶するための努力を続けていきましょう。


wam10周年記念トーク・イベント
歴史は消せない 日本軍「慰安婦」の記録と記憶~これまでとこれから

日本軍「慰安婦」問題をめぐるこの10年とwamの活動

池田恵理子(wam館長)

wamの10 年を振り返ると、戦争加害に向き合ってこなかった戦後日本社会の姿が浮かびあがってくるようです。

1991年に金学順(キムハクスン)さんが「慰安婦」被害を告発し、各国の女性たちが次々に名乗り出ましたが、日本がこの問題に向き合おうとしなかったため、彼女たちは日本政府に謝罪と賠償を求める10件の裁判を起こしました。その過程で、多くの市民や研究者、弁護士によって聞き取り調査と資料の発掘が行われ、「性奴隷制」と言わざるをえない日本軍「慰安婦」制度の実態と全貌が明らかにされたのです。日本政府は2 度の調査を行い、1993年に河野官房長官談話を発表します。しかし、90年代半ばからは歴史修正主義者の攻撃が激化しました。彼らの標的は教育と報道でした。1997年度版の全ての中学歴史教科書に載ってしまった「慰安婦」記述を削除させる運動が始まり、「慰安婦」報道も激減します。

2000年12月、「慰安婦」制度の実態と責任者を明らかにしようと、加害国と被害国の市民が立ち上がり、東京で民衆法廷「女性国際戦犯法廷」を開催しました。海外メディアはこれを大きく報じましたが、国内メディアは消極的でした。特に法廷を取り上げたNHKの番組「ETV2001」は惨憺たる内容でした。法廷の主催団体、VAWW-NETジャパン(当時)はNHKを提訴。NHK職員の内部告発により安倍晋三議員などの政治介入で番組が改変されたことが、審理の途中で明らかになりました。

wam設立のきっかけはこの女性国際戦犯法廷でした。法廷の発案者だった松井やよりさんは2002年の秋、末期ガンと宣告され、「遺産と資料を託すから資料館を作って」との遺言を残し、同年12月に亡くなりました。彼女の遺志を引き継いだ仲間たちが2005年8月、wamをオープンしたのです。

wamのコンセプトは「被害女性の一人ひとりに出会える場」。特別展の目玉は、被害女性を一人ずつA1サイズ(60×84cm)のパネルで紹介する「個人パネル」です。そこには彼女たちの生い立ちから少女時代のこと、性暴力を受け、「慰安婦」にされた時のこと、戦後の生活と現在までがぎっしりと詰め込まれています。こうしたパネルは各地に貸し出され、中には翻訳して、海外を巡回しているものもあります。パネルをきっかけに多くの人が被害女性の体験と人生に触れて、そこから性暴力とは何か、戦争とは何かを知り、考えようとする。その人が亡くなった後でも、彼女たちを伝えていく場でありたいと願って私たちは運営を続けています。

これまでに様々な国際機関の勧告、各国議会の決議、国内各市町村の議会の意見書が出され、日本政府に対して「慰安婦」問題に取り組むよう求めてきましたが、政府は全く聞く耳を持ちません。その上、メディアが「慰安婦」報道を自粛していることもあって、政治家や右派の論客たちの嘘がそのまま流通しているのが現状です。こんな時代だからこそ、私たちは多くの人びととこの問題を共有するために、各地で被害者の声を伝えようと闘っている人たちと連帯し、ジャーナリストたちにも情報を提供して、報道の応援もしていきたいと思っています。

日本軍「慰安婦」制度の犯罪性を暴き、責任の所在を明確にし、加害者を処罰しなければ、現在も紛争地で続く戦時性暴力をなくすことはできません。こうした一連のことは、被害女性たちのPTSDからの回復にも、極めて重要です。また、自国の戦争責任を問うことは、自らの戦後責任を果たすことでもあります。一人でも多くの被害女性が存命のうちにこれらの責任を果たすべく、ともに歩んでいきましょう。


wam10周年記念トーク・イベント
歴史は消せない 日本軍「慰安婦」の記録と記憶~これまでとこれから

wamアーカイブ事業に向けて

渡辺美奈(wam事務局長)

日本軍から性暴力を受けた女性たちの被害をなかったことにしようとする動きが加速している社会状況の中、wamではこの10 年、一つひとつの国と地域に焦点を当て、それぞれに異なる被害実態を伝える特別展を開催してきました。また関連書籍・ミニコミ・市民活動の記録・映像作品収集、展示事業を通じた資料収集、公文書のデジタル化、「慰安婦」関連新聞記事のクリッピングなど様々な記録事業も行っています。一方で、今のままではあと10年しか存続できないという厳しい財政状況があります。

この数年は、高齢となった被害者の訃報が相次ぎ、存命の方への聞き取り調査も困難になってきました。また、支援者の側も高齢になってきているので、今まで撮りためてきたとても貴重な証言映像や写真が、未整理のまま、それぞれの手元に眠っている現状は気がかりでなりません。

アーカイブとは「社会のさまざまな組織体や個人が…活動を行うときに発生する第一次産物としての記録情報」(安藤正人『草野の根文書館の思想』)、1 点ずつしかないナマの記録です。「慰安婦」問題で言えば、被害者に関する音声・映像・写真・メモ・取材ノートをはじめ、支援団体の活動資料やニュースレター、日本軍の加害を示す公文書や政府の「慰安婦」問題への対処を示す外交文書、国会議事録、質問主意書などがあるでしょう。それら一次資料を収集して選別・体系化し、誰もが分かるようにするのがアーカイブ事業です。これをジェンダーの視点で行うには、創造力が求められます。

「日本軍『慰安婦』アーカイブ」の最も根本となるイメージは、一人ひとりの女性たちが苦しみ、闘い、生き抜いたことが分かるような、一人ひとりに出会える証言、写真、映像記録、表現した作品、その他の資料群をまとめたものです。そのためには一人の被害者について、出身国、被害を受けた場所、誰がどこで聞き取ったか…といった様々な基本情報があり、その情報から元資料にたどり着くことができる、つまり、その人に関してどういう資料がどれだけあり、誰が保管しているのかという情報を整理していく必要があります。

wamは、各支援者や支援団体が、手元の資料を体系的に整理できるようお手伝いをし、次の世代に伝えられるアーカイブにするための技術的・財政的なバックアップ体制を整備したいと考えています。そのためには専門スキルをもった人材も必要ですし、財政支援の呼びかけの必要も出てくるでしょう。wamを閉じた後のことを考えると、デジタルデータの管理や元資料の保管のためには、規模を縮小してでもwamをどうにか存続する方策を考える必要もあると思います。

また、私たちは「慰安婦」問題では、加害と被害の国々の市民による連帯行動を行っていますが、その他の現代の紛争下で進行している性暴力と闘う女性たちとの国際連帯は弱まっているように感じます。どの国においても、性暴力の被害者の支援や加害者処罰を求める活動は危険を伴います。闘っている女性たちに出会うたびに、孤立化しないよう、ネットワークで支える必要性を感じます。私たちがなぜ日本軍「慰安婦」問題で闘っているのか、それがどのように彼女たちの問題につながっているのかも確認し合う機会を作りたいと思っています。

「歴史は消せない、消させない。女たちの手で日本軍『慰安婦』アーカイブを作ろう」という、これからの10年の活動の一つの軸を提案し、みなさまのご意見もぜひお聞きしたいと思っています。