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戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館

「wamだより」VOL.37(2017.12)

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  • 巻頭言:キャンドルが瞬いた「女性に対する暴力撤廃国際デー」
  • 特集 wam国際シンポジウム
    国家による人権侵害の記録をどう保存していくのか
  • ユネスコ「世界の記憶」の不可解な延期
  • 3回目の国連人権委員会UPR、「慰安婦」問題での勧告続く
  • 報告 wam第15回特別展 連続セミナー vol.1 (1)~(3)
  • 報告 緊急セミナー 関東大震災時の朝鮮人虐殺
  • 交流からさらなる展開を! 高麗博物館・wam相互見学会
  • ナヌムの家に、念願の遺品館と追悼館がオープン!
  • wamパネル巡回
  • 連載 ベルリンからの風 Vol.13 日本軍性奴隷制の映画月間
  • 連載 扉をひらく 13  山西省盂県の被害女性6人との出会い(安達洋子)
  • 連載 被害女性たちの今 【中国山西省】
  • 「この本読んで!」寄贈図書自薦コーナー
  • イベントカレンダー
  • wamデータ
  • アーカイブズ雑学
【巻頭ページ】

キャンドルが瞬いた「女性に対する暴力撤廃国際デー」

池田恵理子(wam館長)

11 月25 日の夜、ソウルの大規模集会に連帯して、渋谷駅西口で「女性に対する暴力撤廃国際デー」のキャンドルアクションが行われ、400 人もが歩道橋に連なって、キャンドル(蛍光ペンライト)を手にトークや歌を聴きました。

主催団体の柴洋子さんやwam の池田恵理子は、「慰安婦」問題を否定する日本政府による深刻な状況を語りました。ネパールの支援活動で知られる田中雅子さんや、ヒューマンライツ・ナウでAV 出演強要やセクハラ被害に取り組んでいる伊藤和子さん、「日本女性の15 人に一人は性暴力被害者」と訴える女性と人権全国ネットワークの佐藤香さんたちも、「女性への暴力の問題はすべて地続きだ」と語りました。安保法制違憲訴訟・女の会の亀永能布子さんは「戦争は差別と暴力の究極の形。戦争を起こさせては

ならない」と強調し、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの青木初子さんは、米軍基地下の沖縄での性暴力の蔓延を訴えました。誰もが、「慰安婦」問題が未解決であることと現代の性暴力問題の繋がりを指摘していたのが印象的でした。

まさに今、性暴力被害を訴える女性たちの声が世界に溢れています。ハリウッドから始まった「#Metoo(私も)」運動は各国に広がりました。日本では伊藤詩織さんの強かん事件が政治権力によって抑え込まれることへの怒りが沸騰。サンフランシスコ市(以下SF)に「慰安婦」の少女像を建てさせまいと躍起になった大阪市長や安倍首相への非難も高まっています。

SF と言えば、この1 週間前、ユネスコの世界記憶遺産に「『慰安婦』の声」を共同申請した各国の関係者がソウルに集まった時、少女像の建立に尽力したSF の「慰安婦正義連帯」(CWJC)を代表する二人(元判事)、リリアン・シンさんとジュリー・タンさんも参加しました。彼女たちの猛烈パワフルなスピーチには元気づけられました。

日本政府はユネスコへの登録を阻止しようと必死ですが(詳しくは6 ページ)、皮肉なことに彼らが「慰安婦」の事実を否定すればするほど、世界各地に少女像が増殖していきます。実に恥ずかしい事態です。でも、私たち市民同士の信頼関係と友情は揺るぎません。国際連帯は一層強まってきたことを実感するこの頃です。


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ユネスコ「世界の記憶」の不可解な延期
真相究明と登録に向けて

渡辺美奈(wam 事務局長)

 

■前代未聞の「対話」勧告

2016 年5 月31 日、8 ヵ国による国際連帯委員会と大英帝国戦争博物館は、「『慰安婦』の声」というタイトルで2000点を超える「慰安婦」関連記録物をユネスコ「世界の記憶」に登録申請しました。その最終判断が今年10 月にユネスコ本部(パリ)で開かれた国際諮問委員会(IAC)で議論され、以下のような決定が10 月30 日、ユネスコのウェブサイトに掲載されました。

対話まで延期を勧告
「世界の記憶」プログラム国際諮問委員会は、ユネスコ執行委員会の2017 年10 月16 日の会議における決定(202EX/PX/DR 15.8, item 15)に基づいて、ユネスコ事務局長に対し、申請番号101 番「『慰安婦』の声」と申請番号76 番「『慰安婦』と日本陸軍の規律に関する記録」の申請者および関係者間の対話を促進するよう勧告する。国際諮問委員会はまた、あらゆる関連文書をできうる限り受け入れられるよう、共同申請につながることを目指して、この対話のためにこれらの関係者にとって都合のいい場所と期日を設定するよう勧告する。
出典:https://en.unesco.org/news/international-advisory-committee-recommends-78-new-nominations-unesco-memory-world

つまり、wam を含む国際連帯委員会等が申請した「『慰安婦』の声」と、日本軍「慰安婦」の事実を否定する人たち(以下、否定主義者)が登録申請した「『慰安婦』と日本陸軍の規律に関する記録」という文書群(後述)については登録を延期し、ユネスコ事務局長に両者および関係者の「対話」を促す場を設定するよう勧告したのです。
日本の報道は「適切な対応だ」との菅官房長官のコメントを垂れ流し、歴史修正主義者は8 ヵ国による共同申請を妨害できたので狂喜しているようです。しかし、このような前代未聞の決定がなぜ下されたのか、その背後に何があったのかは明らかになっていません。前例がない決定のために、これから何がどのように進められるのか、私たち申請者だけでなく「世界の記憶」の国際諮問委員でさえわからない状況なのです。

■そもそも「世界の記憶」の目的は?

1992 年にスタートしたユネスコ「世界の記憶」プログラムの目的は、重要な記録物が紛争や災害、無関心などで破壊されないよう文書等の「記録物」も人類の重要な遺産であるとの認識を高め、適切に保管し、誰もがアクセスできるようにすることです(詳細は『wamだより33号』参照)。よってユネスコは「世界の記憶」を通じて歴史を解釈・判断するのではなく、言うなれば歴史家が歴史を書くための「記録」の保管とアクセスの確保を目的としています。そのため、このプログラムは歴史家ではなくアーキビスト等の記録の専門家を中心に実施されてきました。これまで登録された記録物には、南アフリカのアパルトヘイトの記録、カリブ海の奴隷化された人々の記録、ベルリンの壁建設と崩壊の記録、アルゼンチンやチリの人権侵害の記録など、30件以上の帝国主義や人権弾圧の記録が含まれています。人類の戦争、殺戮、人権侵害の歴史を振りかえり、二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、これらの記録を保管する重要性が、国際的にも認められてきたと言えるでしょう。

■日本政府の妨害①:ルール変更

このような人権侵害の記録登録を困難にするようなルール変更を強行に推進したのが日本政府でした。きっかけは2015年10月の南京大虐殺の記録です。日本政府は、中国の档案館(日本の公文書館に相当)が「世界の記憶」に申請した南京大虐殺に関する資料の登録について、制度上は意見を言う資格がないことに苛立ちました。多額の分担金を負担しているのに思い通りにいかないことがわかると「世界の記憶」の政治利用だ、ルールが不透明だと批判し始め、南京資料登録決定後の11月には、馳浩文科大臣がユネスコ事務局長にさっそく制度改革を申し入れました。
自然や建物などを登録するユネスコ「世界遺産」は「世界遺産条約」という条約に基づいているため、締約国が意見を述べる場がありますが、「世界の記憶」はユネスコの事業の一つで、専門家がガイドラインに基づいて審査・勧告し、事務局長が決定するシステムです。「世界の記憶」がスタートしてから今年で25年になりますが、ちょうど、デジタル化時代に合わせたプログラムの改良を2015年10月に決定していました。日本政府はそのチャンスをとらえ、加盟国など記録物の関係者、つまり「加害者側」の意見をも反映させるための制度「改悪」に奔走したのです。

■日本軍「慰安婦」資料の登録

日本軍「慰安婦」関連記録物をユネスコ「世界の記憶」に申請しよう―韓国が呼びかけた国際連帯委員会は2015年5月に発足しました。南京大虐殺とともに日本軍「慰安婦」の資料も登録申請していた中国は、この国際登録の動きを知ったユネスコ側から他国と共同で登録申請するようアドバイスを受け、2015年10月に決定予定だった登録申請を取り下げて、市民による8ヵ国の国際連帯委員会に加わることになりました。
2015年12月28日の「慰安婦」に関する日韓外相の「合意」を受けて、日本政府はこの「世界の記憶」の取り組みも「合意」違反だと圧力をかけました。朴槿恵政権は、「民間が主体的にやっている」と主張したものの補助金はカット。韓国の国際連帯委員会事務局は経済的には厳しい状況のなか、ソウル市のサポートを得ながら、2016年5月31日の登録申請までこぎつけました。

ユネスコ「世界の記憶」登録までの手続
(日付は2016-2017のサイクルの例)申請 2016年5月31日締切
↓ 登録申請者*は申請書を送付

受理 ユネスコ「世界の記憶」事務局
↓ 不備などを確認

審査 登録小委員会(RSC)2017年2月26-28日
↓ 9人の専門家で構成。申請書を審査して国際諮問委員会に勧告

審査 国際諮問委員会(IAC)2017年10月24-27日
↓ 14人の専門家で構成。登録小委員会の勧告を審査してユネスコ事務局長に勧告

決定 2017年10月30日 ユネスコ事務局長が決定・公表

*「世界の記憶」の審査サイクルは2年に1回。締約国のほか、個人や団体も申請ができ、各申請サイクルで各国2件まで申請可能。しかし多国間による申請の場合、件数制限はない。

 

■歴史修正主義者たちの登録

そのころ、否定主義者のグループも、この「世界の記憶」に登録申請していました。私たち国際連帯委員会の申請書は、6月にユネスコのウェブサイトに一時掲載されて誰でも見られました。しかしこの否定主義者の申請は、知りうる限り一度も出ておらず、誰が、どのような資料を申請したのか公になっていません。彼らのウェブサイトを見ると、申請者は日本人と米国人で、日本の国立公文書館、防衛図書館、米国国立公文書館の文書を登録申請していること、それらの記録は「慰安婦と日本陸軍の規律」に関するものだと書かれています。

■日本政府の妨害②:兵糧攻め

南京大虐殺の記録が登録された後、安倍晋三首相は「二度目の失敗は許されない」と発言、日本政府はユネスコにさらなる圧力をかけました。南京資料の登録決定直後の10月12日、菅義偉官房長官が早くも分担金の不払いについてBSフジで言及していましたが、実際に支払いを停止していたことが1年後の2016年10月に新聞報道で発覚しました。例年4月か5月に拠出していた日本政府のユネスコ分担金44億円を支払わずに、「世界の記憶」の制度変更の進捗を見極めると圧力をかけ続けていたのです。
このあからさまな「兵糧攻め」に対しては、国内外から批判を浴び、11月にはアンコールワット修復事業などの任意拠出金のみ7億7千万円を支払う方針を示したと報じられています。日本政府が一般分担金38億5000万円を支払ったのは12月でした。「世界の記憶」の制度改善をタテに、ユネスコ総予算の10%にあたる分担金を半年以上も支払わない日本政府の圧力は、「世界の記憶」関係者にとっても大変なストレスだったに違いありません。「世界の記憶」はユネスコのなかでも小さなプログラムでしかありませんが、このプログラムの在り方がユネスコの他の大きなプロジェクトや全ユネスコ職員の給与にまで影響を与えることになるからです。さらに、2017年10月には米国が来年末にユネスコを正式に脱退することを表明しました。パレスチナがユネスコに参加した2011年以降、米国は分担金の拠出を停止していましたが、米国の拠出再開が見込めなくなったなかで、日本政府の兵糧攻めは卑劣に見えたに違いありません。

■私たちが「静かにしていた」理由

2016年5月末に「世界の記憶」に登録申請してから、私たち国際連帯委員会の方針は、「静かに見守る」ということでした。日本政府がお金も人も使ってヒステリックに妨害行動をするなか、私たちは資金面でも人材面でも同じように対抗できるわけがないし、もし韓国政府や中国政府が対抗すれば「政治的」とみなされてしまうでしょう。それよりも日本政府の妨害を「恥ずべき行動」として露呈させるほうが効果的だと考えたのでした。
日本政府の兵糧攻めにもかかわらず、私たちの国際連帯委員会が申請した「『慰安婦』の声」が登録されるとの期待も高まっていました。2017年2月に登録の可否の審査をする登録小委員会が開催されましたが、その後にユネスコから送られてきた文書には、「『慰安婦』の声」の文書は「唯一で代替不可能」と書かれていたからです。また、右翼や産経新聞の「焦り」も聞こえてきました。西岡力や櫻井よしこらの否定主義者のグループが、「ユネスコ慰安婦登録を許すな!」緊急シンポジウムを開いたのは9月26日ですが、その宣伝文からは強い危機感が感じられます。また、高橋史朗ら否定主義の学者89人が私たち国際連帯委員会の登録に反対して声明を発表したのは10 月16 日でした。

■国際諮問委員会で何が起こったのか

10月24日~27日にパリのユネスコ本部で「世界の記憶」国際諮問委員会が開かれ、今サイクルの「世界の記憶」登録の判断がなされましたが、その前後で「何か」が起こったことは、間違いありません。産経新聞は10月20日付の1面トップで、国際諮問委員会のアブドラ・アルライシ議長(アラブ首長国連合)が「慰安婦」関連を含む「政治的案件」8件については登録延期することを10月18日にボコバ事務局長に要求したと報道しました。アルライシ議長のボコバ事務局長への要求は他の国際諮問委員に相談もなくなされたのか、パリで問題になったようですが、アルライシ議長は会議に姿を見せなかったといいます。
さらに10月27日、NHKへの情報流出がありました。国際諮問委員会には非公開会議と公開会議がありますが、登録に関する非公開会議の内容をNHKがスクープ報道したのです。「登録延期」の報をNHKで知った私たち国際連帯委員会の申惠秀委員長は国際諮問委員会にオブザーバーとして参加し、NHK報道の真否や審査の経緯を質しましたが、Lothar Jordan 副議長(ドイツ)は、明確な答えを避け続けました。

■日本政府の妨害③:ルールの前倒し適用か?

日本政府が提案した制度「改悪」には、「世界の記憶」に対するユネスコ加盟国の権限強化だけでなく、同様の案件で複数の申請があり、その内容が相違する場合には、申請者同士の「対話」によって解決するという手続きも含まれています。「『慰安婦』と日本陸軍の規律に関する記録」を登録申請した否定主義者たちは、2017年8月23日、ユネスコに対して私たち国際連帯委員会と「対話」をさせるよう公開書簡を送っていますが、日本政府と主張がぴったり合っているのは偶然とは思えません。
今回の「対話」勧告の根拠となる202 EX/PX/DR 15.8,item 15 という文書は、2017年10月16日付のユネスコ執行委員会の決定です。そこには「世界の記憶」国際諮問委員会から2年間の検討期間を経て提案された改正案の討議結果が記されており、第4項で新しいルールはまだ了承されていないこと、第7項で「2016-2017サイクルの申請は、今までのルールに従って進める」こと、そして最後の第8項で「対話と相互理解の方針に則り政治的な緊張を避けること」とあります。一般的に考えて、いまだ「対話」のルールすら了承されておらず、今回はこれまでのルールで進めると明記しながら、なぜこれまでに前例のない「対話」を勧告したのか、ユネスコ国際諮問委員会の判断に疑問を持たざるを得ません。

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ユネスコ「世界の記憶」がスタートして四半世紀の節目が、政治的圧力に翻弄される場になったのは極めて残念です。2017年度の分担金も、日本政府はこの10月の国際諮問委員会の時点で拠出していませんでした。日本政府は、国際諮問委員会のメンバーに「ビジネスクラスで温泉にご招待」と声をかけたとも漏れ聞いています。このような「政策判断」の経緯や、どこの省庁のどの名目の予算(税金)でこのようなロビー活動を行ったのか、メディアの調査報道が低レベルななかで、市民が情報公開制度を使って行政記録を公開させるしかありません。これらの記録も開示せず、もし廃棄していたとしたら、そもそも日本政府には「記録遺産」に関与すべき資格がありません。