「日常の風景」がつくる差別
渡辺美奈(wam館長)
新型コロナ感染拡大のもと、「人が集まらないようにする生活」が日常になりました。集客が目的だった経済・文化活動だけでなく、人々の声で社会を変えてきた政治活動もまた、打撃を受けています。そのなかでも路上に繰り出すブラック・ライブズ・マター(BLM、黒人の命は大切だ)運動の展開は、人種主義、帝国主義、植民地主義の歴史を根底から問う大きな展開となっていて、目が離せません。
その一つが「碑」をめぐる政治です。奴隷制や植民地支配のもとで、先住民やアフリカ系の人々の命を奪ってきた「偉人」たちの像がいま、欧米各地で破壊され、撤去されています。米国では南北戦争(1861~65年)での南軍司令官像の撤去だけでなく、コロンブス像の頭部が切り落とされ、祝日だったコロンブスデーを廃止するなどの対策をとった地域もあります。英国では、奴隷商人エドワード・コルストンの像がブリストルの市民によって川に投げ込まれ、オックスフォード大学オリオルカレッジは、南アフリカでも大きな批判にさらされた植民地主義者セシル・ローズ(1853~1902年)像を撤去する意向だと報じられました。ベルギーでは旧コンゴ(現在のコンゴ民主共和国)で数百万人ともいわれる現地住民を死においやった元国王レオポルド2世(在位1865~1909年)の像が赤ペンキで塗られ、火をつけられ、各地で撤去されています。これを受けて6月30日、フィリップ国王はベルギー国王として初めて、コンゴ民主共和国の大統領に向けた書簡で、植民地支配がもたらした被害について遺憾の意を表明したといいます。
セシル・ローズは、オックスフォード大学に莫大な遺産を寄付、その名を冠した「ローズ奨学金」は今も継続され、「教育分野での功労者だ」と言う人もいるかもしれません。しかし、問われているのは、国や地域、大学に「富」をもたらした「偉人」は、そもそも誰の命や財産を奪うことによってその「富」をもたらしたのか、ということです。そして、これらの像を今もなお「偉人」としていただくことが、過去の暴力を正当化するだけでなく、現在の差別と暴力のシステムを支えているのだと、BLM運動は鋭く問うています。
こういった像撤去のニュースを見ながら、初代韓国統監の伊藤博文の像はどこにあるのかと検索したら、国会議事堂内に2体、山口県や神奈川県にもあることがわかりました。脱亜入欧、侵略と植民地支配の「日本の近代」の象徴が、国会の「日常の風景」にあることは、侵略と植民地支配を正当化してきた戦後、在日への差別政策、そして現安倍政権の南北朝鮮への態度に繋がってはいないでしょうか。
第16回特別展「朝鮮人『慰安婦』の声をきく―植民地支配責任を果たすために」は、今年11月末まで延長します。展示では、朝鮮支配を進めた明治、大正、昭和の天皇の写真と、歴代韓国統監・朝鮮総督11人の写真を掲げ、その下の年表に記載された搾取・差別政策や虐殺・人権侵害の責任を問うています。また、今号の『wamだより』では、アイヌ、中国、朝鮮にルーツを持つ著者が、差別と闘い、文化を守り、日本で生き抜いてきた体験を綴った書籍も紹介しています(10-11頁)。ぜひ読んでみてください。