ラムザイヤー問題が映し出した日本のレイシズム
渡辺美奈(wam館長)
2021年1月、ソウル中央地裁判決の興奮も冷めやらないなか、米ハーバード大学ロースクールの教授、マーク・ラムザイヤー氏に関するメールが飛び交うようになりました。氏の論文が査読を経て学術誌に掲載されることは、昨年12月に英語圏の研究者の間で話題になっていましたが、火をつけたのは産経新聞でした。ハーバード大教授が「慰安婦=性奴隷説を否定」と報じた記事をきっかけに、韓国メディアがこれを大きく取り上げ、ハーバード大の学生たちも抗議の声をあげました。あっという間に様々なウェブ討論会が準備され、著名な研究者が声明や批判文を発表。研究者たちが時間を割いて検証し、学問上の倫理や責任を問う姿にアカデミズムの力を感じました。
ラムザイヤー氏は会社法が専門とのことですが、近年は「慰安婦」問題のほか、被差別部落、沖縄、在日、関東大震災など、日本にある差別と植民地支配の歴史に関わる論文を次々と発表。これらに対しては学問上の疑義が指摘され、各分野の専門家が検証を進めています。日本語が読める名門大学の教授が、明らかに問題のある論文をなぜ発表するのでしょうか。まず頭に浮かんだのは、日本の歴史修正主義者が国連などでロビー活動する際に、肌の白い男性に自分たちの主張を代弁してもらう姿でした。いわゆる「白人男性」に言ってもらえば、自分の主張にお墨付きが与えられる—滑稽にもそう考えている人は、日本に幅広く存在します。氏の教授職の肩書に「三菱」がつくとか、旭日中綬章を授与されている事実がこの印象を増幅させました。一方、ラムザイヤー氏は被差別部落に関する論文で「日本の真面目な研究者による現代部落に関する研究はほとんど存在しない」と言い切り、日本の研究蓄積を無視した論文を発表しています。それでやり過ごせると思っているとすれば、それは氏自身の深刻な植民地主義にほかなりません。
ラムザイヤー問題をつうじて私たちが考えるべきは、日本の近代そのものかもしれません。脱亜入欧をスローガンとした明治以降、「白人男性」(女性ではない)に認められたいと帝国主義と植民地支配を推し進め、民族と性への差別が絡まったのが日本軍性奴隷制でした。敗戦を経てもその姿は変わることなく、米国には媚びへつらい、アジアへの横柄な態度は今も続いています。ラムザイヤー論文をあげるまでもなく、事実に基づかない「慰安婦」関連書や雑誌は書店で平積みにされ、政権与党はこの歴史修正に反駁するどころか推進役です。この事件に日本のマスコミが沈黙しているのも、「『慰安婦』は性奴隷だった」と考えていないか、書けないかのどちらかでしょう。日本に「ラムザイヤー」はどこにでもいます。取り組むべきは日本のレイシズムと植民地主義そのものであることに、この事件は改めて気づかせてくれました。