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戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館

「wamだより」VOL.59(2025.3)

安全保障ではなく、平和を
連載 ちゅい たれい だれい(6) 人権獲得に奔走した沖縄の女性たち(宮城晴美)
特別寄稿 乙巳の年に日朝・日韓関係を考える(吉澤文寿)
ユネスコ「世界の記憶」に〈慰安婦の声〉を登録するために(渡辺美奈)
報告 wam セミナー 天皇制を考える(16) 天皇のお金(加藤祐介)
wamの本棚から
連載 Next Step(9) なぜ、私は朝鮮史を学ぶのか?(西山理子)
連載 ベルリンからの風 Vol.35 ドイツは民主主義を守り通せるのか(池永記代美)
連載 扉をひらく(15) ロラたちの思いを引き継ぐ(竹見智恵子)
イベントカレンダー
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予告「朝鮮展」6月20日から
沖縄展パネル無料キャンペーン

【巻頭ページ】

安全保障ではなく、平和を

渡辺美奈(wam)

沖縄で少女への性暴力に抗議する「県民大会」が開かれた2024年12月22日、『琉球新報』の1面トップには、政府のWPS行動計画から「米軍性暴力対策を削除」という見出しが掲げられていました。

WPS とは「女性・平和・安全保障」(Women, Peace and Security)の頭文字です。2000年10月、国連安保理は初めて女性と平和の課題を取りあげ、女性・平和・安全保障に関する安保理決議第1325号が採択されました。安全保障に関わるすべての段階の意思決定に女性の参加を求めるこの決議を実現するため、国連加盟国には「国別行動計画」の策定が求められており、日本政府は2013年にやっと着手。策定にあたっては市民社会、とりわけ女性の参加が求められていることから、日本でも女性たちが働きかけて、2013~2015年に12回の協議が外務省で行われました。2014年2月には沖縄で意見交換会が開かれ、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」から高里鈴代さんが要望を提出、2015年1月の最終案では、外国軍隊によるジェンダーに基づく暴力の「予防と適切な処罰の確保」「被害者の支援と補償へのアクセス」といった文言が盛り込まれていました。しかし、国連総会で安倍首相が読み上げた行動計画からはこれらがすっぽり抜け落ちていました。『琉球新報』の記事は、この経緯に閣議決定がなかったことを指摘し、「削除された経緯はわからない」とのコメントを外務省から引き出しています(3頁参照)。

すっぽり抜けていたのは、実は「慰安婦」も同じでした。この協議には私も当初から参加し、「国別行動計画」に具体的に書き込むのは難しくても、日本政府が「女性・平和・安全保障」に取り組む意志を示す「序文」に、日本軍性奴隷制という重大な人権侵害をおかした過去を位置づけるよう提案し続けました。2015年1月の最終案には、「戦争を含む過去の歴史の中で、女性の名誉と尊厳が深く傷付けられ、多くの女性に対する暴力が引き起こされた。日本は、これを真摯に受け止め、その反省に立って…」との文言がありました。「慰安婦」という言葉は入っていませんが、外務省の担当官は「その反省に立って」と、日本に責任があることを示す文言をどうにか残していました。

しかしその後、市民社会との対話は実質上打ち切られ、安保法案を強行採決した10日後の2015年9月29日、安倍首相が国連で発表した行動計画からはいずれもが削除されていました。日本軍性奴隷制の被害者も、米兵の性暴力にさらされている沖縄の女性も、日本が取り組む安全保障の課題ではないことを明確に示したのでした。

冷戦終結後の1990年代、国連が提唱した「人間の安全保障」と、市民運動のなかでうまれた「民衆の安全保障」は何が違うかを松井やよりさんに聞いたことがあります。「人間の安全保障は、軍隊の存在を問わない」とキッパリ。それは国連の「女性・平和・安全保障」も同じです。軍隊をよくするとか、軍隊への女性の参加を促すのではなく、軍隊そのものをなくしていくこと。国家の安全保障を強化したり、女性の安全保障を模索するのではなく、誰もが平和に暮らせる道筋を考えること。それこそが、誰の命もおろそかにしない「現実的」な実践に繋がるはずです。


【連載】