ハーバード大学ロースクールのジョン・マーク・ラムザイヤー教授の日本軍「慰安婦」に関する論文について、韓国や米国など英語圏で大きな批判や議論が起こっています。日本軍性奴隷制の被害と加害を伝えるミュージアムを日本で運営するwamでは、有名大学の教授であっても、日本軍性奴隷制のもとで女性たちが受けた性暴力被害を認めない、あるいは過小評価するといった主張に日々接しているため、「またか」という思いがありました。
しかし、2021年1月下旬の産経新聞の報道をきっかけに韓国メディアで炎上、その後は米国など英語圏の研究者によって厳しく批判がなされるようになりました。これら研究者による意見表明は、研究者として責任を果たそうとする真摯さ、アカデミズムの倫理を守ろうとする熱い思いが感じられ、とても勇気づけられるものでした。
一方、加害国の日本では産経新聞など歴史修正主義的なメディアが若干揶揄的にとりあげるだけで、現時点(公開日:2021.2.27)ではほとんど報じていません。ニューヨーク・タイムズなどの米紙が大きく報じるなか、日本の大手マスコミがなんら報じない状況は「沈黙」しているようにさえ感じるようになりました。そこで、韓国や英語圏での情報を渉猟できているわけではありませんが、ラムザイヤー教授による論文をめぐって何が起きているかについて、リンク集という形をとりながら、わかる範囲で簡単に説明を付したものを準備しました。
【2021.5.6追記】メディア、研究者を含め、たくさんの方がこのリンク集を活用してくださってようでありがとうございました。問題提起の役割は果たしたと思いますので、更新はこれで停止します。
「慰安婦」問題だけでなく、部落や在日の問題など、歴史が深く関わるテーマに関するラムザイヤー教授による論文は、数年前から問題視されていました。しかし今回の炎上したきっかけは、ラムザイヤー教授による論文が査読のある学術雑誌に掲載されることになった、そのことを産経新聞が報じたことだと思われます。
2021.1.28 産経新聞記事
産経新聞は、その少し前から産経新聞およびその英語版ともいえるJapan Forwardにラムザイヤー教授の論文を掲載しています。掲載のタイミングは、2021年1月8日のソウル中央地裁判決(日本軍性奴隷制については主権免除を認めなかった)の直後です。論点を法的責任から歴史の事実に逸らそうとする思惑があったのかもしれません。
2021.1.25 【JAPAN Forward 日本を発信】偽善と歪曲を斬る
2021.1.12 Recovering the Truth about the Comfort Women
問題となっているラムザイヤー教授の論文は”Contracting for sex in the Pacific War”とのタイトルの論文で、International Review of Law and Economics という学術誌の2021年3月号(Volume 65)に掲載される予定のものです。オンラインではすでに公開されていますが、現在は上記の論文の歴史的証拠について懸念が提起されているため調査中である、とウェブサイトに記載されています。
追記:International Review of Law and Economics から、2021年3月9日付けで新しい懸念の表明が出されています。
英語圏の研究者によって、問題点を指摘する声明や書簡などが多数発表され、ウェブサイトに公開されています。
ほとんど英語ですが、取り組みの誠実さが感じられるのでぜひ見てみてください。
●ハーバード大学ライシャワー日本研究所の声明について (日本語) *2021.3.15付にリンク更新。
ハーバード大学のAndrew Gordon教授、Carter Eckert教授の声明 (英語)
●懸念する研究者による共同検証(英語)
文献や引用のしかたから学術的な問題点を指摘。この論文の最後にはラムザイヤー論文の日本語抄訳もあります。
●UCLAのMichael Chwe教授のページ(英語)
ラムザイヤー教授の「慰安婦」関連論文をめぐるポータルサイトとしてはとても包括的で便利。
イベントやマスコミ報道も逐次掲載しており、アップデイトも早いので、このサイトを時々チェックすると動きが入手できます。
・憂慮する経済学者による書簡 (日本語訳)
経済学者、法学者など、すでに3500人以上が署名しています。
FAQでは「ゲーム理論」「契約理論」とは何かを簡潔に説明したうえで、ラムザイヤー論文の問題点を指摘しています。
この書簡に賛同した研究者による日本語での記事はこちら 。
●The Asia-Pacific Journal: Japan Focus
日本研究やアジア太平洋研究ではよく知られているウェブサイトでもラムザイヤー問題として特集していました。
●新たな装いで現れた日本軍「慰安婦」否定論を批判する ― 日本の研究者・アクティビストの緊急声明 ―
2021.3.10 Fight for Justice(日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会)、歴史学研究会、歴史科学協議会、歴史教育者協議会による共同声明
●The Reception of the Ramseyer ‘Comfort women’ article in Japan: Historical and Political Background by Tessa Morris-Suzuki
2021.3.22 テッサ・モーリス・スズキさんによる「日本におけるラムザイヤー慰安婦論文の受けとめ:歴史的・政治的背景」は、
日本政府や歴史修正主義者によるこれまでの動きが正確かつ簡潔にまとめられています。「慰安婦」問題をめぐる状況を英語圏の人に説明するのに最適です。
●米国のメディアによる主な報道
2021.2.25 The New Yorker Seeking the True Story of Comfort Women
この記事の正式日本語訳 2021.3.13 慰安婦の真実を追い求めて
2021.2.26 The New York Times A Harvard Professor Called Wartime Sex Slaves ‘Prostitutes.’ One Pushed Back.
この記事についての日本語での要約はこちら。
2021.2.26 The National Interest Why Comfort Women Matter to the U.S. – Japan Values Summit
by Tessa Morris Suzuki and Mindy Kotler
●日本のメディアによる主な報道 *リンクがあるもののみ
2021.3.26 AERAdot. 慰安婦だけでなく部落問題でも 米ハーバード大教授の論文に「撤回要求」相次ぐ
2021.3.30 HUFFPOST 「慰安婦」めぐるハーバード大のラムザイヤー論文、撤回を求める声相次ぐ。国際的に波紋
2021.3.31 神奈川新聞 米教授「慰安婦」論文が波紋(上) (下) *有料会員のみ全文閲覧可能
2021.4.10 現代ビジネス 【詳細】ハーバード大教授の「慰安婦」論文が、世界中で「大批判」を浴びている理由 山口智美
2021.4.22 週刊金曜日オンライン 「ラムザイヤー論文騒動」の背景にある白人至上主義 小山エミ
*月刊『世界』2021年5月号(岩波書店)等もご覧ください。
●被差別部落
被差別部落に関する論文にもデータの扱いに関する問題が指摘されています。
“On the invention of identity politics:The Buraku Outcastes in Japan”(「でっちあげられたアイデンティティ・ポリティクス:日本の部落アウトカースト」)
このディスカッションペーパーをもとに若干の加筆修正がなされた論文が、査読のある学会誌Review of Law & Economicsに掲載されました。
上記論文の問題点を早くから指摘している角岡伸彦さんのブログ「五十の手習い」の該当ページはこちら。
2021.3.7 Review of Law and Economics 編集長宛書簡 日本語 英語
大阪市立大学人権問題研究センター、阿久澤 麻理子さんと齋藤 直子さんが社会学の視点から批判。
2021.3.8 反差別国際運動(IMADR)声明「部落に関するラムザイヤー論文の問題点―人権と反差別の視点から」 *賛同も募集中!
2021.3.15 部落解放同盟中央本部 「マーク・ラムザイヤー論文に対する中央本部見解」
2021.5 The Asia-Pacific Journal: Japan Focus
部落問題に関する特集が組まれています(2021.5.6時点)。一部日本語もあります。
●沖縄
日本のマイノリティに関する論文も問題が指摘されています。
”A Monitoring Theory of the Underclass:With Examples from Outcastes, Koreans, and Okinawans in Japan”
(「底辺層における相互監視の理論-被差別部落出身者、在日コリアン、沖縄の人々を例に」)
2021.2.28 米ハーバード大教授「基地反対は私欲」「普天間は軍が購入」 大学ウェブに論文、懸念の声
2021.4.14 【識者談話】ハーバード大教授論文は巧妙なヘイト データの使い方も問題 親川志奈子・沖縄大非常勤講師 *有料会員のみ全文閲覧可能
●在日
在日、とりわけ済州4.3事件に関する論文でも問題点が指摘されています。
⇒ブログ「済州四・三73周年大阪慰霊祭」の該当ページはこちら。
ラムザイヤー教授の経歴はこちら。
なお、ラムザイヤー教授の肩書に「三菱」が付されていますが、ハーバード大学は相当数の寄付者を冠した教授職があるようです。
以下の大部のリストの444頁には、ラムザイヤー教授が1998年からその立場にあることが書かれています。
Harvard University Named Chairs 1991-2004
1972年に三菱がハーバード大学に寄付した際のニューヨーク・タイムズの記事はこちら 。