日本語 English
戦時性暴力、「慰安婦」問題の被害と加害を伝える日本初の資料館

Q3.慰安所は誰が、どのような目的で作ったのですか?

近代の各国の軍隊にとって、やっかいな問題の一つが将兵の性病問題でした。治療薬が開発されたのは1910年のことですが、副作用がきつく、しかも直るまでに数ヶ月以上かかりました。そのため性病に罹ると将兵は戦闘力として役に立たなくなるのです。ペニシリンによる治療が普及するのは第2次世界大戦後まで待たなければなりませんでした。

世界の主要国の対策を見ると、日本やフランスなどでは売春宿を公認し管理することで性病を防ごうとしました。他方、軍隊駐留地周辺から売春宿を追放し、将兵に買春させないことで防ごうとしたアメリカのような例もあります(アメリカについては少し説明が必要ですが、公式には売買春を認めない政策は変わっていません)。

日本軍が「慰安婦」制度を作った理由の第1は将兵が性病に罹るのを防ぐためでした。「慰安婦」を慰安所に閉じ込め、軍医が定期的に性病検査をおこなって性病を防ごうとしたのです。しかし日本軍の特徴は第2の理由によく示されています。それは1937年の日中全面戦争が始まってからの日本軍将兵による強かんの多発でした。上海から上陸して南京に向かう途中での強かんの多さは特に有名ですが、それ以外にも中国各地で強かんが頻発したのです。1938年6月に北支那方面軍の岡部直三郎参謀長の名前で指揮下の部隊に出された通牒「軍人軍隊の対住民行為に関する注意の件」があります。このなかで「各所に於ける日本軍人の強姦事件が全般に伝播し」と強かんが頻発していることを認め、そうした強かんや略奪、家屋の焼却など日本軍の非行が「深刻なる反日感情」を引き起こしている点に注意をうながしています。そしてこうした強かんなどを減らすために「性的慰安の設備を整」えるように指示しているのです。日本軍将兵の強かんのあまりの多さへの対策として大規模な慰安所制度の導入があったと言えるでしょう。

ほかにも理由を挙げるとすると、第3に、いつ終わるかもわからない、しかも何のために戦っているのかもわからない大義名分もない戦争で、兵士の精神はすさんできます。しかも休暇制度もなく兵士たちは長期間、戦場にとどめられます。こうした兵士たちはむやみやたらと略奪強かん、殺人をおこなうようになります。そうした兵士をなだめようとしたことも一つの理由としてあげられるでしょう。もう一つ、4つ目の理由としては将兵が民間の売春宿を使うと軍の情報がもれる恐れがあると考えて、軍慰安所を設けて「慰安婦」を隔離し情報統制に努めたことがあげられます。つまり軍の機密保持という理由です。

ところでこうした意図は慰安所設置によって解決できたのでしょうか。強かん防止について言えば、慰安所設置後も強かんは跡を絶ちませんでした。将校や下士官が慰安所に入り浸っているのに、下級の兵士は時間的にも金銭的にも慰安所に頻繁に行けなかった代わりに、作戦で出動してはタダでできる強かんをくりひろげました。また慰安所は主な都市にしか設けられなかったので、小さな町や村に駐屯した部隊は村長に強制して女性を提供させたり、拉致してきた女性を監禁し輪かんをおこないました。日本軍が慰安所を堂々と設置したことによって、かえって日本軍の隅々にまで強かんをはびこらせることになったのです。